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このブログで「Y!B転載機能撤去!」と耳ダコ連呼していこうと考えたとき、私は以下の三点に留意して記事を書こうと考えた。

(1)転載機能の危険性を客観的に分析し、Y!Bを糾弾することに集中する。
(2)転載機能を使用しているY!Bユーザーを目的もなく非難・揶揄しない。
(3)Y!Bサービスの特殊性をことさら劣点だと書き立てない。

自分自身が利用し、有意義な人脈ネットワークを築いているサービスだ。当然、愛着がある。だがそれだけではない。
Y!Bユーザーをむやみに非難・揶揄したり、ことさらY!Bを貶める表現を採ったりすれば、どれだけ正当な主張を声高に叫んだところで理解者は増えない(愉快がって追従する同調者は増えるかもしれないが)。まして、今まさに転載機能を使用しているY!Bユーザーにはそっぽを向かれると感じたからだ。

Y!B内で、転載機能を自発的に封印しているユーザーはごく一部だ。しかし、封印していないユーザー全てが、転載に依存して記事をロクに書かないロクでもない奴らだというイメージを(もし)持たれているなら、それはヒドい偏見だ。そういったユーザーもまたごく一部だと思う。
私の狭い活動範囲のなかでも、思慮深く転載機能を使っているユーザー、自分の記事をたいせつに書きながら<ごくたまに>転載を使用しているユーザーを多く見かける。著作権への理解が乏しかったとしても、常識と相手への配慮をもって穏当に転載機能を使っているユーザー達。彼らこそが最多数派だろう。記事「Y!B天災機能(9)」で【(C)温存穏健派】と書いた人々だ。

私の「批判の指先」をどこへ向けるか。その方角を間違えたとき、私は、転載でトラブルを頻発させる困ったかたがたのみならず、こういった真っ当なかたがたとの間にも溝を穿ってしまう。それだけは避けたい。そこで、批判の指先を、大家であるY!Bただ一点に向けようと考えた。

以上の理由で、これまで、敢えて書かなかったことがある。
実は、私自身は【(A)断固撤去派】であるとともに【(B)完全不要派】でもある。他人の記事を自ブログに転載しようとも、私の記事を転載させたいとも思わない。「ブログって自分で書くから面白いんやで~せやろ?」と思っている。
しかしこれは私個人の価値観にすぎない。転載機能を「使わない理由」にはなっても「撤去/抜本的に改善する理由」にはならない。そしてなにより、あまり性急に主張すると、批判の指先が【転載機能を搭載したY!B】ではなく【転載機能を使用しているユーザー】に向きかねない。だから私は、この点にいっさい触れずに連載を続けてきた。転載機能撤去という共通目標を持っていながら【(B)完全不要派】の主張を紹介してこなかった理由も、そこにある。


・・・そこにある。あった。のだが。そろそろ封印を解きますか。
ここからは、私の自分語り全開です。転載機能を否定されると腹がタつ人は、読まないでねん。
(お待たせしました)(誰に言っているのさ)(あ~これでやっと〆られる)

転載機能には、他者の記事に強く共感したことを示したり、優良記事を「自分が築いた人的ネットワーク」に載せて推薦するといった効用がある。私は、そういった心情と効用じたいは否定しない。ただ、あまりにも転載を多用するユーザーを見ると、残念には思う。

文章は、書くほど磨かれる。自分が何を伝えたいか、どういうふうに表現すれば伝わるか、あれこれ悩みながら、書いて、見返して、読み手からの反応を受け取って、楽しくて嬉しくて、また書きたいと想うことを繰り返して、研ぎ澄まされてゆく。
私が自分にまつわる文章を綴り始めてから、もうすぐ2年経つ。2年でここまで書けるようになった。他人から見てどうかはわからないが、私自身は、納得のゆく文章が書けることが多くなった。

私は、他人の記事を自分のブログに置きたいとは思わない。私のブログは私の文章を置く場だからだ。私の文章を転載して欲しいとも思わない。私の場にあってこそ、正確に意味を伝え得る文章しか書けないからだ。
私はメイン・ブログで著作権フリー書庫を持っているが、それでも転載許可していない。利用者には、たとえ転載するとしても、転載ボタンぽんでハイいただき、ではなく、せめて右クリックでコピーし自分の記事投稿画面を開いてペーストして「で、この文章を使って私は何を表現したいのだろう」と考えて欲しい。

転載機能の是非を問うとき、こういった考え方は、危険性も緊急性も訴えられない「精神論」の部類で、大家を動かすには全然説得力がない。ないのだが、とてもたいせつな考え方だと思う。私達が論じているのは【転載機能】ではなく、【ブログというツールに搭載されている転載機能】だ。「ブログとはなんぞや」という命題を無視して、転載機能の評価を決定してしまうことは、本末転倒だ。

ブログに何の価値を見出すかは人それぞれだから、私ひとりの価値観を基準にして、ブログの価値=「自分で文章を綴り自分を表現すること」などと断じてしまってはいけない。他のカタチも当然あると思う。他のカタチを実現するために、転載機能がなんらかの役割を果たしているなら、それを頭ごなしに否定してはならない。
けれど、最もオーソドックスな「ブログの価値」を転載機能が侵食しかねないならば、その点に鈍感であってはならないと思う。転載機能を糾弾する理由のひとつ、重い理由のひとつとして、数え上げたいと思う。私のためではなく、新しき表現者のために。私のような表現者、私を超える表現者の未来のために。


元Yahoo!ブロガーで、転載機能の問題点について継続的に記事を書かれている麦氏が、以下のように述べられている。

Yahoo!の転載機能を使わない転載

問題なのは,システムとして不備な点が多いのに手軽にできてしまうYahoo!の転載機能(転載ボタン)を使うことにあります。転載の意味がよく分かっていない初心者に転載ボタンをクリックさせることに問題があります。



最初に教わったこと・最初に馴染んだ環境が、良くも悪くもその人の未来を決定づけてしまうことがある。早い段階で、正規の手続き、常識的なルール、当たり前のマナーを知ることは、極めて重要だ。
転載機能をデフォルトで持たされた結果、Y!Bでブログを始めた初心者ブロガーが「他人の記事はボタン一発で転載できるもの、自分の場に持ってきていいもの」と思ってしまったら。誤った観念が刷り込まれてしまったら。その人にとって、たいへん不幸なことだと私は思う。

新しき表現者達のために、できるかぎり良い場を整えてゆくこと。その一環として、欠陥だらけの転載機能を糾弾してゆくこと。
「いまそこにある危険」を俎板に乗せた議論ではない。即効性のない話、ガンコで偏屈な話だ。けれど、私はこの思想を上位に位置づけたい。
議論を薄っぺらなモノにしないために、本来の目的を見失わないために、「転載機能は不要!」と主張するかたがた、ぜひ私達の議論に参加してください。ただし、指先は、必ず大家に向けてくださいませんか。お願いよ。



おぉ~、なんとか12ヶ書けたな。やれやれ。
年のアタマに書いた記事「さてと」に書いた選択肢、

1>1回/年の更新でもいいから、物語&Y!批判続行
2>1回/月の更新でもいいから、Y!批判続行
(※軸となる物語が無いので、精細を欠く可能性大)
3>無理しなくていい、やめておきなはれ


2>を採ったわけですが、なんとか宣言を果たせました。やれやれ。
(平均すればね)(精細を欠くというより)(回を追うごとに過激になったような・・・)
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12/13|Y!B 転載機能コメント(21)トラックバック(0)TOP↑
この記事にコメント
おーーい!
はてブでクリップされている、とある御方にお願いです。(聞こえるかな~?)

その[OYAJI]ってタグ、はずしてもらえませんかね~。この記事のどこが[OYAJI]なんだか、サッパリ わからないのですが。
私が意図的にそういった悶着と切り離して転載機能を論じようとしていることが、おわかりにならないのでしょうか。わからないなら、いいですけどね。デリカシーの無い人だなあ。(※衆人環視のなか悪態をついている自分のことは棚上げ中)

ただの「お願い」ですから、どうするかは、ご随意に。
From: わたりとり * 2006/12/13 09:57 * URL * [Edit] *  top↑
とても参考になりました
 先日は失礼いたしました。
 さて、改めて連載第一回から読み直してみましたが、ちょっとしたサイトを一つ読破した感じで様々なことを考えさせていただきました。

「最初に教わったこと・最初に馴染んだ環境が、良くも悪くもその人の未来を決定づけてしまうことがある」とはまさにそのとおりで、理解を得るためには早い段階で気づいていただく、考えていただくような土壌を育てていくことが重要だろうと私も思った次第です。

 記録メディアも羊皮紙・木・石などの物体から紙、そしてデジタルデータへと、記録方法も口伝からそれら物体への記載、印刷技術、そしてコンピュータを介した入力へと、複写方法も人間の手によるものから複写機、CUIやGUIによるコピー&ペーストへと変わってきましたが、本質的な部分、つまり「自分が何を考え、それをどう表現したいのか」を実現するための「話す」「書く」「描く」「演じる」「弾く」,etc.は実はずっと変わらないのではないか、この連載を通じてふとそんなことを感じました。
From: J * 2006/12/13 17:28 * URL * [Edit] *  top↑
茶々入れます(^^;
それ、OYAJI(オヤジ)ではなく、○YAJI(マルヤジ)ではないかとおもいます。

・・・伏字になってねぇ!Σ( ̄O ̄|||

しつれいしました。
From: うみかぜ * 2006/12/13 19:34 * URL * [Edit] *  top↑
>Jさん
最初から読んでくださったんですか。誠にありがとうございます。長かったでしょう(無駄に文章が長いことだけは自信アリ)

媒体が何に変わろうと、いつだって表現したい人はいるし、表現することの根幹は変わらない。いいモノが出来たら、たくさんの人に伝えたいという人間の欲求も、不変のものだと私は思います。
私はメイン・ブログで小説を創作していて、ダウンロード版を用意しているのですが、どこの誰かわからないかたがDLしてくださった記録を見ると、本当に嬉しいです。自分のコンテンツが複製される悦びは、大きいものです。

Y!B転載機能の欠陥はどうにかして欲しいが、機能の存在自体をどう捉えるかはユーザー次第、正解はないと思います。
機能に振り回されるようなことは、あってはなりませんけどね^^;
From: わたりとり * 2006/12/13 23:05 * URL * [Edit] *  top↑
>うみかぜさん
おお!そういう意味か!Σ( ̄O ̄|||

○YAJI → ○ヤジ → ヤジOK → ヤジでも罵倒でもどうとでもしやがれ
って意味だったのか。江戸っ子なタグですな。
・・・ん?この記事が?それともクリップした御方が?

どっちでも私はイケますけど(・∀・)
From: わたりとり * 2006/12/13 23:10 * URL * [Edit] *  top↑
鍵コメを
入れさせていただきました^^
From: 阿檀 * 2006/12/14 02:05 * URL * [Edit] *  top↑
OYAJIは転載機能で問題になってる(?)人物のHNだと思いますよ。
それに転載機能に関連した話ということで、[OYAJI]というタグを付けているのだと思われます。
From: 匿名 * 2006/12/14 02:28 * URL * [Edit] *  top↑
>匿名様
OYAJIさんのことはよく知ってますよ^^
私信で、率直なやりとりをしたこともあります

>転載機能に関連した話ということで、[OYAJI]というタグを

転載機能に関連した話という【だけ】で、[OYAJI]というタグを、
お付けになるところが。デリカシーが無いと感じました。どの方向に対しても。
相手のいないところで罵倒してるこの私よりは、ずっと真っ当な御人でしょうけど(←これはイヤミではなく本音です)。
From: わたりとり * 2006/12/14 08:47 * URL * [Edit] *  top↑
これも何かの縁でしょう。
OYAJIタグのおかげで、有意義な記事にたどり着く事ができました。
彼に読ませたいくらいですが、読んでも理解できないこともわかってます。
OYAJIと同列に語られるのは心外でしょうが、そのキーワードでたどり着く人の多くは、真剣に問題に取り組める人だと思います。
From: 児島の仙人 * 2006/12/14 11:28 * URL * [Edit] *  top↑
児島の仙人様 >おおぉ
そうか、そうなのか、そうだったのか・・・
私は、彼のネームバリューを侮っていました。すごい、すごすぎるぜ。

OYAJIさん、ありがとう。そして○YAJIタグ発案者様、非礼をお詫びします。申し訳ありませんでした。おかげで新しい読者様との出会いがありました。タグをはずしてくれという前言は撤回します。

あ、ちなみにですね>児島の仙人 さん
彼はここを読んでいらっしゃるし、理解されていると私は思います(文字通りの意味で解釈されてしまうというか・・・もうちっと文章の意図を読み取って欲しいことはあるけど・・・)。
彼の言説の変遷を見て、そう感じますよ。それでも変えたくない、変えられない信念がおありなのでしょう。それを非難する資格は誰にも無いと、私は思います。

それから、私はOYAJIさんと同列に見られてなんとも思いません。どうとでも見てくださいな。
転載機能に振り回されて傷ついてしまった人を眺め見下し際限なくイジってヘラヘラ哂ってけつかる記事群と、私の記事とを、同列にするんじゃねぇよ!と言っているだけです。

これもなにかの縁ですね。今後ともよろしく、児島の仙人様。
From: わたりとり * 2006/12/14 13:06 * URL * [Edit] *  top↑
>文章は、書くほど磨かれる。
9割同意しつつ、たくさん書くだけではなく、磨きながら書かなければ、とも囁く声が、どこからか~~。

そういう意味では自分がどれほど恵まれていたか、ってことも考えてしまいます。

学生時代に、「良ければ良いと、ダメならダメと」きちんと伝えてくれる書評者に出会ったんすね。
「あの人ならどういうだろう」と常に思うことで、自分のなかに、自分を批評/批判するもう一人の自分を育ててきたのだと思います。それが「上手」に育っているかは、まだまだ疑問ですけど。


鍵コメもいれてます。よろしく。
From: 阿檀 * 2006/12/14 18:01 * URL * [Edit] *  top↑
>阿檀さん
ああ、なるほどなぁ。確かにそうです。
私が仕事上で書く文章は、型というものがありますし、複数の目で検分されるのでいいのですが・・・ブログの文章に適切な批評をしてくださるかたは、いません。
自分の文章を冷静に読む目か~。すごく欲しいですね。難しいなあ。
この記事は、デキがあまり良くないです。と感じてはいるが、どう直せばいいかは、わからない。

冷静なつもりでしたが、苛々していたようです。ここの私のコメントで不快な想いをされたかたに、お詫びします。

穏やかなコメント、ありがとう、阿檀さん。
From: わたりとり * 2006/12/14 19:53 * URL * [Edit] *  top↑
ここまで、お疲れさまでした
こんばんは。

私の記事にも、どう考えても「ブラックマジック」としか思えないブクマタグを付けられてしまいました(爆)。

いやもうそれは好きにしてもらうしかないわけですがそれはそうと、ここまでの論考、お疲れさまでした。白状すると…かなり前からこのシリーズは「沈黙のオーディエンス」として読ませていただいていました。

私の本分は…鉄道車両に萌え、F1やラリーに燃えるマニアックな記事群の集まりで、初めは好きなように一人で書ければいいや、と思っていましたが、回りの方々と交流を持たせていただく中で、やはり「他ならぬ自分が書くということ」の意味と意義、他者認識の際の視線という問題にに突き当たってしまいました。

時に「余暇の時間を使ってオレは何をやってるんだ」と思いつつテキストサイト界隈を回ってきた末に、このエントリーに出会うことができ、また、昨日は私の記事にもコメントをいただいて、少しずつですが自分の課題が見えてきた気がしています。
From: o_keke_nigel * 2006/12/15 01:43 * URL * [Edit] *  top↑
あ、すみません^^
>ブログの文章に適切な批評をしてくださるかたは、いません。
すみません、「書評者」に出会ったのは、ブログの文章ではなく、小説のほうです。でも、読者を意識して書くこと、文章を磨くことの価値は、その人にとても教えてもらいました。自分の文章の「伝わらなさ」が口惜しくて、枕を涙でぬらしたこともありましたけど。……いや、ほんと。ワタシだって純情だった頃があるのです(ムダに力説)
From: 阿檀 * 2006/12/15 02:45 * URL * [Edit] *  top↑
転載機能について
 探し方が悪いのか、本当にないのかは不明ですが「当時の事情」を語る「中の人」の発言は見つからず、推測を語る方のみの発言は目にしています。何となくよくある「他社にないものをつけてユーザーを増やし、あわよくばトップに躍り出よう」という意図のみでそのデメリットの大きさには気がつかなかった、というパターンなのではないかと私も推測してみました。
 で、ユーザーにもそうでない人たちにも注目されたことでそれが白日の下に晒された、そんな印象を持っております(複写方法の変遷、そしてWWWとコンピュータが10年、20年ほど前に比べて身近になったということも大きな影響を与えていることでしょう)。
From: J * 2006/12/15 08:31 * URL * [Edit] *  top↑
ふと思い出した記事
 下記が関連しそうな気がしますのでご紹介します。ご存知でしたら済みません。

持ち帰れないデータなんてない:
http://bittersweetdreams.blog9.fc2.com/blog-entry-529.html

誰でも最初は初心者だ:
http://bittersweetdreams.blog9.fc2.com/blog-entry-622.html

補足記事・「初心者」たたきをしたいわけじゃない。:
http://bittersweetdreams.blog9.fc2.com/blog-entry-629.html

(連投で済みません。修正がうまくできなかったので・・・OTL)
From: J * 2006/12/15 08:44 * URL * [Edit] *  top↑
>o_keke_nigel さん
(こちらでは)はじめまして^^
「沈黙のオーディエンス」が沈黙を破ってくださる。書き手として、これほど嬉しいことはありません。ありがとうございます。

えーと、爆弾発言しますと。
私自身は、「書くこと」を論じたり、ブログ論をひねくりまわすより、御自分の日常生活や趣味・内面の動きを素朴に綴る文章のほうが好ましいです。優劣を決めるものではないけれど、表現の原点はそっちだろうと思うので。私はね。ほーっほっほ(笑)
・・・だから、早くメイン・ブログに戻りたい(汗)

でも、書くことの意義、書くための器の使い勝手、読み手との関係性、そういったことを問うことも、悪くないと思います。
喩えますれば。茶道の奥義は「ただ湯をわかし茶をたてて飲むばかりなる」とか誰だったかが言ってるはずですが。自分ではなく「誰か」の為にたてること、それを取り巻く道具や空間を整えること・・・に強くこだわる人々がいたからこそ、「お茶」を深く豊かに楽しめるのだと、私は思うのです。
素朴であり、さらに深く豊かであったら、最高にいいなぁ。そんなカンジです(笑)
From: わたりとり * 2006/12/15 12:27 * URL * [Edit] *  top↑
>阿檀さん
誰にだって純情な時代はあります。いつまで続くかが問題なんです(なんちって)。
枕を濡らすほどに口惜しい経験・・・
私はそれが欲しい。きっとそれを経験したとき、一枚皮がムケるのでしょう。玉葱みたい。
(あっ玉葱だと芯が無いか。そりゃアカン)
From: わたりとり * 2006/12/15 12:33 * URL * [Edit] *  top↑
……
>いつまで続くかが問題です(なんちって)。
orz
From: 阿檀 * 2006/12/15 12:35 * URL * [Edit] *  top↑
>Jさん
私は仕事で、システム屋さん(自社内・他社)とのお付き合いがあるのですが・・・ぶっちゃけ、基本的に彼らは、「機能」が「どう使われるか」とか「どういう影響があるか」ということに、疎いですよ。ていうか、道具にはこだわるが、道具を使う「人」に対する関心が薄いですから(そういう人が技術系に進むのだとも言える)。
だからこそ、「人」と「システム」をつなぐ役目を果たす職業が注目さているのだと思います。いわゆるITコーディネーターとかいう肩書きの人ね。そのさい、ユーザー寄りの視点を持つ人、商売寄りの視点を持つ人、組織の上層部の視線しか気にしない人、とイロイロいるんですよ~。ほーっほっほ(笑)
Y!Bの機能を見ていると、どういう人が主導して作ったのかなぁと思いますねぇ。おもろいね。

教えていただいたリンク先の記事、興味深いです。いろいろ考えるところがあります。
語りだすと、長くなってしまうので、割愛します(笑) どうもありがとう。
From: わたりとり * 2006/12/15 12:42 * URL * [Edit] *  top↑
旅行中の宿泊先ので一言だけ
>教えていただいたリンク先の記事、興味深いです。いろいろ考えるところがあります。
語りだすと、長くなってしまうので、割愛します(笑)
 了解です。といいつつからめ手な記事を期待していたり。
From: J * 2006/12/17 00:26 * URL * [Edit] *  top↑
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