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クチダケ鳥によるシャイダンの猛特訓が始まった。
キィがかつてキューブを転がした、競技コート。その中央にシャイダンが連れ出された。顔には目隠し、手には縄跳び縄。

クチダケ鳥は観客席だ。メガホンにクチバシを突っ込んで叫ぶ。
「ほな、一千跳び、はじめ!」
空中でZetaがクルクル回る。
「力をつけさせたいなら、トレーニングジムにでも誘結印をつなぎましょうか」
「脳まで筋肉なアホ男になってしまうやんけ。あいつ、今のまま強うなったら意趣返しに外で暴れるで。しかも自分より弱そなヤツにアタるようになるわ」
十も跳ばないうちに、シャイダンは大きく傾く。棒が倒れるように転んだ。
見物中の御津流が首をかしげた。
「議論実戦に向けて鍛えるなら、型とか教えないの? 論法とか方法論とか
「数ぅ教えたって、どうせ素人は自分に合った一型しか使えん。最後でええわ」
転んでは起き、跳んでは転びを繰り返す。シャイダンのバランスの悪さは見るも無惨だ。とうとう拳で地面を叩き口汚く悪態をつき、シャイダンが目隠しを外そうとした、そのとき。
すかさずクチダケ鳥が怒鳴る。
「まだ取ったらアカン! 今あんさんがコケるんはソトのせいちゃうやろ! おどれんナカに目ぇ凝らせ!」

数日後。砦の上空で。
「クチダケに鍛えられた土男、か。内省族不文派ってところか。面白そうじゃなーい」
風型の海風がとぐろを巻いていた。
「僕が創るなら、核は風で・・・調和族明文派あたりにしよ
周囲の空気を吸い込み始めた。やがて竜巻に変じ。渦は膨れ上がり。雷光が閃き。
「いっくよー!」
竜巻が一瞬で霧散した。
一人の女が空に投げ出される。ダークスーツに黒のハイヒール、その手には皮の鞭。
身軽に宙で一回転し、クチダケ鳥たちが待つ競技コートに難なく降り立った。

「おわ、おっかなそな姐さん。・・・歳はシャイダンと釣り合いそやな。影のある男、好みけ?」
クチダケ鳥の調子こきに、黒ずくめの女は『kei』と名乗り、冷たく言った。
「影を感じさせない男のほうがいいわ」
keiの後ろで人型に変じた海風。クチダケ鳥の隣に立つシャイダンを細目で睨み、腕組みをする。
「喧嘩じゃなくプレイしたいんなら、ルールを決めないとね。とりあえずアレだ、『お前が言うな!』てのはナシにしとこう。言説の是非と当人の行動の是非は切り離す。基本原則ね」
「せやな」とうなずくクチダケ鳥。額に羽をあて、記憶を呼び出した。
説教族話法も避けよ。あと、お互い【話者1】と【話者2】論法は封印や。まともなプレイにならへん」
見物に来ていたケケの袖がひょいと挙がった。
「提案を。異論もフラットに考えその差異のありようを理解しようとする、そういうプレイを楽しみたいならば、合わせ鏡論法・・・『お前の主張を押しつけるな』『そっちこそ押しつけないことを押しつけるな』論法も禁じ手にしましょう。内省族の御二人が産んだキャラですからね。動けなくなってしまう」
御津流がシャイダンとkeiをかわるがわる見つめ、言った。
「ぶつかり合うのは意見じゃなくて価値観、ってことがあるよね。そこらへんが共有できるプレイだといいけど」
さらに、御津流はポンと手を叩きあわせる。
「あ、でもあれはやめようよ。『人の気持ちを考えたことがあるのか!』てやつ。これだけしか言わないのはずるい。考えることを避けてるだけ」
ケケの帽子がぶんぶん揺れる。激しく賛同しているらしい。

プレイルールが出揃ったところで、海風が砦の上に飛んだ。クチダケ鳥も上空へ。
「で、どこで対戦する? シャイダンとkeiがそれなりに動けて、土地勘もある場所っていうと・・・」
「シャイダンは不文派やけど、keiはんの特性からすると人情やマナーだけでは裁断できん領域がええな。といって、あんまキナ臭い土地もちょっとな・・・」
浮遊砦の前方に荒野が見えてきた。
不毛、とまでは見えないが、度重なる戦乱に荒れ果てたと見える大地。
戦の周期からはずれているのか、人影はない。
「ここ、どう?」
海風が指さす。
クチダケ鳥がニヤニヤ笑う。
「うわ、キナくっさ! ・・・ま、今は人気もなさそうやし、ええか」
二者は大地へと滑空する。浮遊砦も下降を始めた。

この世界随一の歴史的紛争地域。リンク論争地帯へと。

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碇が降り、そよとも動かない浮遊砦。

手遊びに、ありあわせの資材でキィが小屋を立てはじめた。
物見櫓の隣。四角い、屋根の低い、扉と窓がひとつきりの小屋だ。
扉には表札。表札を変えれば、厨房にも客間にも寝室にもなる。

その小屋にクチダケ鳥が閉じこもった。表札には「かまわんといて」の文字。
内省族のジレンマに追い詰められたらしい。扉は外からは開かなくなった。
「もー。お前はオレか、ってか」
海風が頭を掻く。騒動の当人のほうが平静だが、それでも本調子からは程遠い。
ケケの熱量も下がった。服を着ていないと、どこにいるのだか気配もしない。

数日後。
見かねた智庵が、開かずの扉の前で喝を入れた
「まったく、そろいもそろって内省し始めて。私も書けない時期を経験したからわからぬではありませんが。絶対文句言われない文章の書き方などありません。あったとしても面白みがありません。言葉に支配されてはいけません」
キィが隣で、穏やかに言葉を添える。
「大人の迷子・・・車のタイヤが填った時みたいなものかな。ゆっくりローで前に行ったり後ろに行ったり・・・私は後ろから押すかわりの言葉を発することくらいしかできませんが」
御津流がイェイ!と指を鳴らす。
「後ろに行ったら全力で押すんだよ。うんと踏んばって、タイミングをみてさ」
三人の声は届いているのか。小屋からはなんの返事もない。

さらに数日が過ぎた、ある朝。

突然、小屋の戸が開いた。
なにかが雄叫ぶ。いや、産声(うぶごえ)のような・・・
物見櫓に登っていた御津流。なにごとか見下ろしたそこに。
一人の男が飛び出してきた。生まれたままの姿で
細い筋肉。乱れた素髪。粗暴な声。怯えた瞳。男はどこかへ駆け去った。叫びながら。
「なんでだよ、なにが悪いんだ? 文章を大切にするってなんだよ!?」

ほどなく。
「クチダケ!」
海風が風型のまま、開きっ放しの扉から小屋へ飛び込んだ。
「なんなのアイツ? 言うことやること、僕の曲をパクったヤツにそっくりじゃん。しかも全然悪びれないし。あんなコピー人間産んで、なに始める気だよ!?」
クチダケ鳥は泥だらけの床に寝ていた。産後疲れか、羽がスカスカに抜けている。
・・・にしては、超頑固な便秘が解消した後のような、爽快な顔付き。
「コピー人間ちゃうで。ある土地の『土』を使ぅただけや」
壁には誘結印が現れている。どこかの空間から、大量の土を運び込んだようだ。
「誰かはんそっくりに見えるんは、そのせいやろ。でも別人やで。仲良ぅしたってな」
そのとき小屋の外から、ケケの悲鳴が聞こえてきた。「ちょ、待っ、なにを・・・」
やがて戸口に智庵が姿を現した。
「服を着せておきました。次からは服付きで産んでくださいな」

男は『シャイダン』と命名された。
その夜。泥を掃き出し掃除した小屋で、つつましい夕食会が開かれた。

智庵が語る。
「シャイダン氏と話したのですけれど。彼の過去、彼の想い・・・不覚にも感情移入してしまいました」
自分の文章を他人に勝手に弄られるなど絶対に許せない、という智庵でも、シャイダンの不器用さを不憫に感じたらしい。
御津流が言う。
「僕、シャイダンてどこにでもいるタイプだと思うよ。法律とかよく知らないのは僕も同じだし」
キィが腕組みする。
「うーん、私はまだなんとも言えないな。もっとよく話してみたいところですが・・・」
遊びに来ていた児兎も、なんとも測りかねるというおももちで首をかしげている。
夕食の御相伴に来た歌檀が、クィッと鼻を突き出した。
「彼の匂い・・・私の故郷の土とはまるで違う。彼にとって私は遠く、私にとって彼は遠い存在・・・」

夕食後。早めの解散となった。外は満天の星空。
ひとりに戻った智庵がそっと呟いた。
今度は私がグルグルモード・・・秩序の維持か、フラットで理想的な世界か。1人の人間の権利か、大勢の人間の権利か」
智庵にとって、クチダケ鳥がシャイダンの精神核に埋め込んだ粗暴さは、やはり恐怖だった。
「自己を破壊するか、他者を破壊するか。社会は選ばれた人間のためだけのものではないという原則と、排除する側となった事実と・・・」

一方。御津流はシャイダンの叫びを思い返していた。
「文章を大切にするってなんだよ、か・・・自分を大切にしろってメッセージじゃないかな・・・」
ふと、顔をあげた。頬になにかを感じる。
「あれ? 風が動いてる・・・ああ、砦が動いてる!」
そこへ智庵が合流した。御津流に風の微流を示され、ほっと胸をなでおろす。「ああ良かった」
今度はどこに行くんだろう、という御津留の呟きに、智庵が答えた。
「どこでしょうね。流れるままに行きましょう」

二人がおやすみの挨拶をかわすなか。
クチダケ鳥は櫓の上にいた。クチを大きく開け。
星の光を浴び、新しい風を吸い、抜けていた羽が生え揃ってゆく。
「ここでしたか。今夜はみごとな星空ですね」
不意に掛けられた声。キィだ。クチダケ鳥がうなずく。
「ちっと前な、星の詩ぃ読んで、うち、また星が好きになった」
そうして夜空を仰ぐ。
「手ぇは届かへん。こっちゃ来いったって来るもんでもない。せやけどええな。うちは小さくひっそり光ってる星がとくに好きや
キィも夜天を仰ぐ。
「砦の篝火を全部落としてきました。星をよく見たいときは、こちらの明かりは消さないとね・・・」

 * * *

春に向けて仕事が忙しくなるから、しばらく砦には来れないでしょう。そう静かに言い残し。
キィはその夜を最後に、浮遊砦を降りた。

10/06|浮遊砦コメント(5)トラックバック(1)TOP↑
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