とあるオフィス街。表通りから一本路地裏に入った喫茶店。
窓ぎわのテーブル席で、OL風の女性二人が話している。先輩後輩のような、友人のような。
年下らしい女性が言った。
「本当の友達ってなんですか?」
カウンター席でひとり、男がコーヒーを飲んでいた。
隣の椅子にトレンチコートが掛けてある。背広姿なのに、なぜかスニーカーを履いている。
と、店の扉が開いた。ベルがチリンと鳴る。
「あ、いらっしゃった。山吹さん、お待たせ」
名を呼ばれた男が振り返る。入ってきたのはファラと智庵だった。待ち合わせていたらしい。
山吹は智庵の友人である。シャイダン特訓中の連中を置いて、智庵は彼の街に遊びに来たのだった。
外に出た三人。食事できる店を探しに、ゆるゆると西方面に足を向ける。
山吹が「さっきの店でね」と言って、背中ごしに聞いていた女性達の話を持ち出した。
「女性の派閥? ていうかコミュニティ? あれはよくわからないな。学校にも職場にもあるね。存在するのはメリットがあるからだろうが。参加していても孤独感がつきまとう、なんてこともありそうだ。どう思う?」
ただの好奇心ではなさそうだ。自分の職場でなにかと思うところがあるのだろう。
「コミュニティ・・・めんどくささもあるけれども、得られる情報などのメリットを切り捨てるのも勇気が要りますです。右も左もわからない時期だけいて、しっかり定着する前にフェードアウトしてました」
おっとりしたファラが意外にガッツリしたことを言う。
「私は1個もなじめませんでした。別に参加していなくてもいいけど不便は不便ですね」
智庵は相変わらずドライだ。女性がみなコミュニティ志向なわけではない。そしてこう続けた。
「漠然と人間関係がうまくいかない人というのは、コミュニティの存在に気づいていないか、軽視しているからかも知れません。まあ私のことなのですけど。人は人間関係のあり方をコミュニティ内で学んでいくのです」
小中学時代。今でこそ、あれはコミュニティだったと理解できる目に見えない「集」の形。
馴染めなかった自分の思い出など語りながら、智庵は結論付けた。
「やっぱりコミュニティメンバーは友達とは違いますね。コミュニティが解散したら終わりです」
やがて三人は人気のない細道に入った。背の高いフェンスがずっと続いている。フェンスの向こうはどこかの大学の敷地らしい。
「大学は、コミュニティに所属していないと学校生活が成立しないというものではありませんが・・・」
智庵は再び口を開いた。
「裏情報が入って来なくて、間抜けなことになりました」
苦い想い出があるようだ。
卒業パーティやら卒業旅行やらの話をひとしきりするうちに、細道を抜けた。
信号を渡った先は、表通り。雑居ビルが立ち並ぶ。
山吹がファラに話を促す。
「職場ではどう?」
「幸か不幸か同性の同期がいなくて」
でも、と言って、ファラはぐっと首を縮めた。
「もし派閥なんぞができていたら・・・昼休みなんぞどうなるんだろうとぞわぞわです」
「職場でのコミュニティは短期的には仕事の邪魔です」
智庵が一刀両断した。
それから、ぽつりと言った。
「職場コミュニティの生き残り方を私はまだ解析できていません・・・逃げ出したクチですから」
窓ぎわのテーブル席で、OL風の女性二人が話している。先輩後輩のような、友人のような。
年下らしい女性が言った。
「本当の友達ってなんですか?」
カウンター席でひとり、男がコーヒーを飲んでいた。
隣の椅子にトレンチコートが掛けてある。背広姿なのに、なぜかスニーカーを履いている。
と、店の扉が開いた。ベルがチリンと鳴る。
「あ、いらっしゃった。山吹さん、お待たせ」
名を呼ばれた男が振り返る。入ってきたのはファラと智庵だった。待ち合わせていたらしい。
山吹は智庵の友人である。シャイダン特訓中の連中を置いて、智庵は彼の街に遊びに来たのだった。
外に出た三人。食事できる店を探しに、ゆるゆると西方面に足を向ける。
山吹が「さっきの店でね」と言って、背中ごしに聞いていた女性達の話を持ち出した。
「女性の派閥? ていうかコミュニティ? あれはよくわからないな。学校にも職場にもあるね。存在するのはメリットがあるからだろうが。参加していても孤独感がつきまとう、なんてこともありそうだ。どう思う?」
ただの好奇心ではなさそうだ。自分の職場でなにかと思うところがあるのだろう。
「コミュニティ・・・めんどくささもあるけれども、得られる情報などのメリットを切り捨てるのも勇気が要りますです。右も左もわからない時期だけいて、しっかり定着する前にフェードアウトしてました」
おっとりしたファラが意外にガッツリしたことを言う。
「私は1個もなじめませんでした。別に参加していなくてもいいけど不便は不便ですね」
智庵は相変わらずドライだ。女性がみなコミュニティ志向なわけではない。そしてこう続けた。
「漠然と人間関係がうまくいかない人というのは、コミュニティの存在に気づいていないか、軽視しているからかも知れません。まあ私のことなのですけど。人は人間関係のあり方をコミュニティ内で学んでいくのです」
小中学時代。今でこそ、あれはコミュニティだったと理解できる目に見えない「集」の形。
馴染めなかった自分の思い出など語りながら、智庵は結論付けた。
「やっぱりコミュニティメンバーは友達とは違いますね。コミュニティが解散したら終わりです」
やがて三人は人気のない細道に入った。背の高いフェンスがずっと続いている。フェンスの向こうはどこかの大学の敷地らしい。
「大学は、コミュニティに所属していないと学校生活が成立しないというものではありませんが・・・」
智庵は再び口を開いた。
「裏情報が入って来なくて、間抜けなことになりました」
苦い想い出があるようだ。
卒業パーティやら卒業旅行やらの話をひとしきりするうちに、細道を抜けた。
信号を渡った先は、表通り。雑居ビルが立ち並ぶ。
山吹がファラに話を促す。
「職場ではどう?」
「幸か不幸か同性の同期がいなくて」
でも、と言って、ファラはぐっと首を縮めた。
「もし派閥なんぞができていたら・・・昼休みなんぞどうなるんだろうとぞわぞわです」
「職場でのコミュニティは短期的には仕事の邪魔です」
智庵が一刀両断した。
それから、ぽつりと言った。
「職場コミュニティの生き残り方を私はまだ解析できていません・・・逃げ出したクチですから」
クチダケ鳥によるシャイダンの猛特訓が始まった。
キィがかつてキューブを転がした、競技コート。その中央にシャイダンが連れ出された。顔には目隠し、手には縄跳び縄。
クチダケ鳥は観客席だ。メガホンにクチバシを突っ込んで叫ぶ。
「ほな、一千跳び、はじめ!」
空中でZetaがクルクル回る。
「力をつけさせたいなら、トレーニングジムにでも誘結印をつなぎましょうか」
「脳まで筋肉なアホ男になってしまうやんけ。あいつ、今のまま強うなったら意趣返しに外で暴れるで。しかも自分より弱そなヤツにアタるようになるわ」
十も跳ばないうちに、シャイダンは大きく傾く。棒が倒れるように転んだ。
見物中の御津流が首をかしげた。
「議論実戦に向けて鍛えるなら、型とか教えないの? 論法とか方法論とか」
「数ぅ教えたって、どうせ素人は自分に合った一型しか使えん。最後でええわ」
転んでは起き、跳んでは転びを繰り返す。シャイダンのバランスの悪さは見るも無惨だ。とうとう拳で地面を叩き口汚く悪態をつき、シャイダンが目隠しを外そうとした、そのとき。
すかさずクチダケ鳥が怒鳴る。
「まだ取ったらアカン! 今あんさんがコケるんはソトのせいちゃうやろ! おどれんナカに目ぇ凝らせ!」
数日後。砦の上空で。
「クチダケに鍛えられた土男、か。内省族不文派ってところか。面白そうじゃなーい」
風型の海風がとぐろを巻いていた。
「僕が創るなら、核は風で・・・調和族明文派あたりにしよ」
周囲の空気を吸い込み始めた。やがて竜巻に変じ。渦は膨れ上がり。雷光が閃き。
「いっくよー!」
竜巻が一瞬で霧散した。
一人の女が空に投げ出される。ダークスーツに黒のハイヒール、その手には皮の鞭。
身軽に宙で一回転し、クチダケ鳥たちが待つ競技コートに難なく降り立った。
「おわ、おっかなそな姐さん。・・・歳はシャイダンと釣り合いそやな。影のある男、好みけ?」
クチダケ鳥の調子こきに、黒ずくめの女は『kei』と名乗り、冷たく言った。
「影を感じさせない男のほうがいいわ」
keiの後ろで人型に変じた海風。クチダケ鳥の隣に立つシャイダンを細目で睨み、腕組みをする。
「喧嘩じゃなくプレイしたいんなら、ルールを決めないとね。とりあえずアレだ、『お前が言うな!』てのはナシにしとこう。言説の是非と当人の行動の是非は切り離す。基本原則ね」
「せやな」とうなずくクチダケ鳥。額に羽をあて、記憶を呼び出した。
「説教族話法も避けよ。あと、お互い【話者1】と【話者2】論法は封印や。まともなプレイにならへん」
見物に来ていたケケの袖がひょいと挙がった。
「提案を。異論もフラットに考えその差異のありようを理解しようとする、そういうプレイを楽しみたいならば、合わせ鏡論法・・・『お前の主張を押しつけるな』『そっちこそ押しつけないことを押しつけるな』論法も禁じ手にしましょう。内省族の御二人が産んだキャラですからね。動けなくなってしまう」
御津流がシャイダンとkeiをかわるがわる見つめ、言った。
「ぶつかり合うのは意見じゃなくて価値観、ってことがあるよね。そこらへんが共有できるプレイだといいけど」
さらに、御津流はポンと手を叩きあわせる。
「あ、でもあれはやめようよ。『人の気持ちを考えたことがあるのか!』てやつ。これだけしか言わないのはずるい。考えることを避けてるだけ」
ケケの帽子がぶんぶん揺れる。激しく賛同しているらしい。
プレイルールが出揃ったところで、海風が砦の上に飛んだ。クチダケ鳥も上空へ。
「で、どこで対戦する? シャイダンとkeiがそれなりに動けて、土地勘もある場所っていうと・・・」
「シャイダンは不文派やけど、keiはんの特性からすると人情やマナーだけでは裁断できん領域がええな。といって、あんまキナ臭い土地もちょっとな・・・」
浮遊砦の前方に荒野が見えてきた。
不毛、とまでは見えないが、度重なる戦乱に荒れ果てたと見える大地。
戦の周期からはずれているのか、人影はない。
「ここ、どう?」
海風が指さす。
クチダケ鳥がニヤニヤ笑う。
「うわ、キナくっさ! ・・・ま、今は人気もなさそうやし、ええか」
二者は大地へと滑空する。浮遊砦も下降を始めた。
この世界随一の歴史的紛争地域。リンク論争地帯へと。
キィがかつてキューブを転がした、競技コート。その中央にシャイダンが連れ出された。顔には目隠し、手には縄跳び縄。
クチダケ鳥は観客席だ。メガホンにクチバシを突っ込んで叫ぶ。
「ほな、一千跳び、はじめ!」
空中でZetaがクルクル回る。
「力をつけさせたいなら、トレーニングジムにでも誘結印をつなぎましょうか」
「脳まで筋肉なアホ男になってしまうやんけ。あいつ、今のまま強うなったら意趣返しに外で暴れるで。しかも自分より弱そなヤツにアタるようになるわ」
十も跳ばないうちに、シャイダンは大きく傾く。棒が倒れるように転んだ。
見物中の御津流が首をかしげた。
「議論実戦に向けて鍛えるなら、型とか教えないの? 論法とか方法論とか」
「数ぅ教えたって、どうせ素人は自分に合った一型しか使えん。最後でええわ」
転んでは起き、跳んでは転びを繰り返す。シャイダンのバランスの悪さは見るも無惨だ。とうとう拳で地面を叩き口汚く悪態をつき、シャイダンが目隠しを外そうとした、そのとき。
すかさずクチダケ鳥が怒鳴る。
「まだ取ったらアカン! 今あんさんがコケるんはソトのせいちゃうやろ! おどれんナカに目ぇ凝らせ!」
数日後。砦の上空で。
「クチダケに鍛えられた土男、か。内省族不文派ってところか。面白そうじゃなーい」
風型の海風がとぐろを巻いていた。
「僕が創るなら、核は風で・・・調和族明文派あたりにしよ」
周囲の空気を吸い込み始めた。やがて竜巻に変じ。渦は膨れ上がり。雷光が閃き。
「いっくよー!」
竜巻が一瞬で霧散した。
一人の女が空に投げ出される。ダークスーツに黒のハイヒール、その手には皮の鞭。
身軽に宙で一回転し、クチダケ鳥たちが待つ競技コートに難なく降り立った。
「おわ、おっかなそな姐さん。・・・歳はシャイダンと釣り合いそやな。影のある男、好みけ?」
クチダケ鳥の調子こきに、黒ずくめの女は『kei』と名乗り、冷たく言った。
「影を感じさせない男のほうがいいわ」
keiの後ろで人型に変じた海風。クチダケ鳥の隣に立つシャイダンを細目で睨み、腕組みをする。
「喧嘩じゃなくプレイしたいんなら、ルールを決めないとね。とりあえずアレだ、『お前が言うな!』てのはナシにしとこう。言説の是非と当人の行動の是非は切り離す。基本原則ね」
「せやな」とうなずくクチダケ鳥。額に羽をあて、記憶を呼び出した。
「説教族話法も避けよ。あと、お互い【話者1】と【話者2】論法は封印や。まともなプレイにならへん」
見物に来ていたケケの袖がひょいと挙がった。
「提案を。異論もフラットに考えその差異のありようを理解しようとする、そういうプレイを楽しみたいならば、合わせ鏡論法・・・『お前の主張を押しつけるな』『そっちこそ押しつけないことを押しつけるな』論法も禁じ手にしましょう。内省族の御二人が産んだキャラですからね。動けなくなってしまう」
御津流がシャイダンとkeiをかわるがわる見つめ、言った。
「ぶつかり合うのは意見じゃなくて価値観、ってことがあるよね。そこらへんが共有できるプレイだといいけど」
さらに、御津流はポンと手を叩きあわせる。
「あ、でもあれはやめようよ。『人の気持ちを考えたことがあるのか!』てやつ。これだけしか言わないのはずるい。考えることを避けてるだけ」
ケケの帽子がぶんぶん揺れる。激しく賛同しているらしい。
プレイルールが出揃ったところで、海風が砦の上に飛んだ。クチダケ鳥も上空へ。
「で、どこで対戦する? シャイダンとkeiがそれなりに動けて、土地勘もある場所っていうと・・・」
「シャイダンは不文派やけど、keiはんの特性からすると人情やマナーだけでは裁断できん領域がええな。といって、あんまキナ臭い土地もちょっとな・・・」
浮遊砦の前方に荒野が見えてきた。
不毛、とまでは見えないが、度重なる戦乱に荒れ果てたと見える大地。
戦の周期からはずれているのか、人影はない。
「ここ、どう?」
海風が指さす。
クチダケ鳥がニヤニヤ笑う。
「うわ、キナくっさ! ・・・ま、今は人気もなさそうやし、ええか」
二者は大地へと滑空する。浮遊砦も下降を始めた。
この世界随一の歴史的紛争地域。リンク論争地帯へと。
碇が降り、そよとも動かない浮遊砦。
手遊びに、ありあわせの資材でキィが小屋を立てはじめた。
物見櫓の隣。四角い、屋根の低い、扉と窓がひとつきりの小屋だ。
扉には表札。表札を変えれば、厨房にも客間にも寝室にもなる。
その小屋にクチダケ鳥が閉じこもった。表札には「かまわんといて」の文字。
内省族のジレンマに追い詰められたらしい。扉は外からは開かなくなった。
「もー。お前はオレか、ってか」
海風が頭を掻く。騒動の当人のほうが平静だが、それでも本調子からは程遠い。
ケケの熱量も下がった。服を着ていないと、どこにいるのだか気配もしない。
数日後。
見かねた智庵が、開かずの扉の前で喝を入れた。
「まったく、そろいもそろって内省し始めて。私も書けない時期を経験したからわからぬではありませんが。絶対文句言われない文章の書き方などありません。あったとしても面白みがありません。言葉に支配されてはいけません」
キィが隣で、穏やかに言葉を添える。
「大人の迷子・・・車のタイヤが填った時みたいなものかな。ゆっくりローで前に行ったり後ろに行ったり・・・私は後ろから押すかわりの言葉を発することくらいしかできませんが」
御津流がイェイ!と指を鳴らす。
「後ろに行ったら全力で押すんだよ。うんと踏んばって、タイミングをみてさ」
三人の声は届いているのか。小屋からはなんの返事もない。
さらに数日が過ぎた、ある朝。
突然、小屋の戸が開いた。
なにかが雄叫ぶ。いや、産声(うぶごえ)のような・・・
物見櫓に登っていた御津流。なにごとか見下ろしたそこに。
一人の男が飛び出してきた。生まれたままの姿で。
細い筋肉。乱れた素髪。粗暴な声。怯えた瞳。男はどこかへ駆け去った。叫びながら。
「なんでだよ、なにが悪いんだ? 文章を大切にするってなんだよ!?」
ほどなく。
「クチダケ!」
海風が風型のまま、開きっ放しの扉から小屋へ飛び込んだ。
「なんなのアイツ? 言うことやること、僕の曲をパクったヤツにそっくりじゃん。しかも全然悪びれないし。あんなコピー人間産んで、なに始める気だよ!?」
クチダケ鳥は泥だらけの床に寝ていた。産後疲れか、羽がスカスカに抜けている。
・・・にしては、超頑固な便秘が解消した後のような、爽快な顔付き。
「コピー人間ちゃうで。ある土地の『土』を使ぅただけや」
壁には誘結印が現れている。どこかの空間から、大量の土を運び込んだようだ。
「誰かはんそっくりに見えるんは、そのせいやろ。でも別人やで。仲良ぅしたってな」
そのとき小屋の外から、ケケの悲鳴が聞こえてきた。「ちょ、待っ、なにを・・・」
やがて戸口に智庵が姿を現した。
「服を着せておきました。次からは服付きで産んでくださいな」
男は『シャイダン』と命名された。
その夜。泥を掃き出し掃除した小屋で、つつましい夕食会が開かれた。
智庵が語る。
「シャイダン氏と話したのですけれど。彼の過去、彼の想い・・・不覚にも感情移入してしまいました」
自分の文章を他人に勝手に弄られるなど絶対に許せない、という智庵でも、シャイダンの不器用さを不憫に感じたらしい。
御津流が言う。
「僕、シャイダンてどこにでもいるタイプだと思うよ。法律とかよく知らないのは僕も同じだし」
キィが腕組みする。
「うーん、私はまだなんとも言えないな。もっとよく話してみたいところですが・・・」
遊びに来ていた児兎も、なんとも測りかねるというおももちで首をかしげている。
夕食の御相伴に来た歌檀が、クィッと鼻を突き出した。
「彼の匂い・・・私の故郷の土とはまるで違う。彼にとって私は遠く、私にとって彼は遠い存在・・・」
夕食後。早めの解散となった。外は満天の星空。
ひとりに戻った智庵がそっと呟いた。
「今度は私がグルグルモード・・・秩序の維持か、フラットで理想的な世界か。1人の人間の権利か、大勢の人間の権利か」
智庵にとって、クチダケ鳥がシャイダンの精神核に埋め込んだ粗暴さは、やはり恐怖だった。
「自己を破壊するか、他者を破壊するか。社会は選ばれた人間のためだけのものではないという原則と、排除する側となった事実と・・・」
一方。御津流はシャイダンの叫びを思い返していた。
「文章を大切にするってなんだよ、か・・・自分を大切にしろってメッセージじゃないかな・・・」
ふと、顔をあげた。頬になにかを感じる。
「あれ? 風が動いてる・・・ああ、砦が動いてる!」
そこへ智庵が合流した。御津流に風の微流を示され、ほっと胸をなでおろす。「ああ良かった」
今度はどこに行くんだろう、という御津留の呟きに、智庵が答えた。
「どこでしょうね。流れるままに行きましょう」
二人がおやすみの挨拶をかわすなか。
クチダケ鳥は櫓の上にいた。クチを大きく開け。
星の光を浴び、新しい風を吸い、抜けていた羽が生え揃ってゆく。
「ここでしたか。今夜はみごとな星空ですね」
不意に掛けられた声。キィだ。クチダケ鳥がうなずく。
「ちっと前な、星の詩ぃ読んで、うち、また星が好きになった」
そうして夜空を仰ぐ。
「手ぇは届かへん。こっちゃ来いったって来るもんでもない。せやけどええな。うちは小さくひっそり光ってる星がとくに好きや」
キィも夜天を仰ぐ。
「砦の篝火を全部落としてきました。星をよく見たいときは、こちらの明かりは消さないとね・・・」
* * *
春に向けて仕事が忙しくなるから、しばらく砦には来れないでしょう。そう静かに言い残し。
キィはその夜を最後に、浮遊砦を降りた。
手遊びに、ありあわせの資材でキィが小屋を立てはじめた。
物見櫓の隣。四角い、屋根の低い、扉と窓がひとつきりの小屋だ。
扉には表札。表札を変えれば、厨房にも客間にも寝室にもなる。
その小屋にクチダケ鳥が閉じこもった。表札には「かまわんといて」の文字。
内省族のジレンマに追い詰められたらしい。扉は外からは開かなくなった。
「もー。お前はオレか、ってか」
海風が頭を掻く。騒動の当人のほうが平静だが、それでも本調子からは程遠い。
ケケの熱量も下がった。服を着ていないと、どこにいるのだか気配もしない。
数日後。
見かねた智庵が、開かずの扉の前で喝を入れた。
「まったく、そろいもそろって内省し始めて。私も書けない時期を経験したからわからぬではありませんが。絶対文句言われない文章の書き方などありません。あったとしても面白みがありません。言葉に支配されてはいけません」
キィが隣で、穏やかに言葉を添える。
「大人の迷子・・・車のタイヤが填った時みたいなものかな。ゆっくりローで前に行ったり後ろに行ったり・・・私は後ろから押すかわりの言葉を発することくらいしかできませんが」
御津流がイェイ!と指を鳴らす。
「後ろに行ったら全力で押すんだよ。うんと踏んばって、タイミングをみてさ」
三人の声は届いているのか。小屋からはなんの返事もない。
さらに数日が過ぎた、ある朝。
突然、小屋の戸が開いた。
なにかが雄叫ぶ。いや、産声(うぶごえ)のような・・・
物見櫓に登っていた御津流。なにごとか見下ろしたそこに。
一人の男が飛び出してきた。生まれたままの姿で。
細い筋肉。乱れた素髪。粗暴な声。怯えた瞳。男はどこかへ駆け去った。叫びながら。
「なんでだよ、なにが悪いんだ? 文章を大切にするってなんだよ!?」
ほどなく。
「クチダケ!」
海風が風型のまま、開きっ放しの扉から小屋へ飛び込んだ。
「なんなのアイツ? 言うことやること、僕の曲をパクったヤツにそっくりじゃん。しかも全然悪びれないし。あんなコピー人間産んで、なに始める気だよ!?」
クチダケ鳥は泥だらけの床に寝ていた。産後疲れか、羽がスカスカに抜けている。
・・・にしては、超頑固な便秘が解消した後のような、爽快な顔付き。
「コピー人間ちゃうで。ある土地の『土』を使ぅただけや」
壁には誘結印が現れている。どこかの空間から、大量の土を運び込んだようだ。
「誰かはんそっくりに見えるんは、そのせいやろ。でも別人やで。仲良ぅしたってな」
そのとき小屋の外から、ケケの悲鳴が聞こえてきた。「ちょ、待っ、なにを・・・」
やがて戸口に智庵が姿を現した。
「服を着せておきました。次からは服付きで産んでくださいな」
男は『シャイダン』と命名された。
その夜。泥を掃き出し掃除した小屋で、つつましい夕食会が開かれた。
智庵が語る。
「シャイダン氏と話したのですけれど。彼の過去、彼の想い・・・不覚にも感情移入してしまいました」
自分の文章を他人に勝手に弄られるなど絶対に許せない、という智庵でも、シャイダンの不器用さを不憫に感じたらしい。
御津流が言う。
「僕、シャイダンてどこにでもいるタイプだと思うよ。法律とかよく知らないのは僕も同じだし」
キィが腕組みする。
「うーん、私はまだなんとも言えないな。もっとよく話してみたいところですが・・・」
遊びに来ていた児兎も、なんとも測りかねるというおももちで首をかしげている。
夕食の御相伴に来た歌檀が、クィッと鼻を突き出した。
「彼の匂い・・・私の故郷の土とはまるで違う。彼にとって私は遠く、私にとって彼は遠い存在・・・」
夕食後。早めの解散となった。外は満天の星空。
ひとりに戻った智庵がそっと呟いた。
「今度は私がグルグルモード・・・秩序の維持か、フラットで理想的な世界か。1人の人間の権利か、大勢の人間の権利か」
智庵にとって、クチダケ鳥がシャイダンの精神核に埋め込んだ粗暴さは、やはり恐怖だった。
「自己を破壊するか、他者を破壊するか。社会は選ばれた人間のためだけのものではないという原則と、排除する側となった事実と・・・」
一方。御津流はシャイダンの叫びを思い返していた。
「文章を大切にするってなんだよ、か・・・自分を大切にしろってメッセージじゃないかな・・・」
ふと、顔をあげた。頬になにかを感じる。
「あれ? 風が動いてる・・・ああ、砦が動いてる!」
そこへ智庵が合流した。御津流に風の微流を示され、ほっと胸をなでおろす。「ああ良かった」
今度はどこに行くんだろう、という御津留の呟きに、智庵が答えた。
「どこでしょうね。流れるままに行きましょう」
二人がおやすみの挨拶をかわすなか。
クチダケ鳥は櫓の上にいた。クチを大きく開け。
星の光を浴び、新しい風を吸い、抜けていた羽が生え揃ってゆく。
「ここでしたか。今夜はみごとな星空ですね」
不意に掛けられた声。キィだ。クチダケ鳥がうなずく。
「ちっと前な、星の詩ぃ読んで、うち、また星が好きになった」
そうして夜空を仰ぐ。
「手ぇは届かへん。こっちゃ来いったって来るもんでもない。せやけどええな。うちは小さくひっそり光ってる星がとくに好きや」
キィも夜天を仰ぐ。
「砦の篝火を全部落としてきました。星をよく見たいときは、こちらの明かりは消さないとね・・・」
* * *
春に向けて仕事が忙しくなるから、しばらく砦には来れないでしょう。そう静かに言い残し。
キィはその夜を最後に、浮遊砦を降りた。
風が乱れた。一陣のつむじ風。砦のはるか上空へ駆け昇る。
「海風殿か? どうしたのだろう」
キィが風の行方を見上げる。
物見櫓の突端から、クチダケ鳥が無言で飛び立った。
「いったいなにがあったの? 僕、様子を見てくる」
御津流が跳ね橋門に向かう。智庵は黙ってその背を見送った。
* * *
長い長い経緯(いきさつ)がある。
善意之天災。
議論は過熱し。
嘲笑が渦巻き。
言葉狩る者達の過ちが。
かけがえのない言葉たちを、この世界から抹消した。
人と人との交流のかたちの、最も望ましくないありようが、赤裸々に繰り広げられた。
海風が創作した一遍の戯曲。
長い長い経緯には一言も触れていない。しかし、見続けていたからこそ生まれた。
その曲は「かけがえのない言葉たち」を留保無く抹消した耶呆島政府と「天災システム」とを、ケラケラに腐し倒していた。それらこそが最悪の結末をもたらした元凶であったから。
冗談の体を借りていたが、その芯は、憤りだった。
よりによって、その曲が、パクられた。
よりによって、一連の経緯の中心に居た人物の手で。
よりによって、耶呆島政府と天災システムを礼賛する偽曲へと姿を変えて。
よりによって、天災システムに負け戦を吹っかけ続けてきた、クチダケ鳥の目の前で。
海風は馴染みの古巣からも浮遊砦からも離れた。怒りを制御するため、いずこかへと飛んだ。
クチダケ鳥も姿をくらました。耶呆島の偏屈岩窟の扉には、一枚の書が貼り出された。
浮遊砦の六人には、共通の気質がある。
自分にとって気に喰わないなにごとかが起こったとしても、それだけの理由で他者を批判することを良しとしない。ただ批判したいがために、ましてただ相手を傷つけたいがために、他者を指弾するような文章は打たない。
他者のためではなく、自分のための矜持。
* * *
十日が過ぎた。人気少ない浮遊砦。
跳ね橋門の前を、智庵が手持ち無沙汰げに、袖に手を入れぷらぷら歩いていた。
と、はるか上空で、誰かが叫んだ。
「うちのことかー!」
驚き、空を仰ぐ智庵。その目前に。
何かがボトッと落ちてきた。絞ったまま干乾びた雑巾のような・・・
「??」
地面に半分埋まり潰れているのは・・・
「ほんとに、ろくでもないねぇ~・・・」
「クチダケさん?」
さらに、デカイ男が空からドスーンと落ちてきた。
「ぼ、僕にも刺さった・・・」
「海風さん??」
さらに、海風の隣から別の声がした。
「私も『160km/hの剛速球』が脳天に命中しました・・・」
「その声は、ケケ殿!?・・・いらっしゃるなら服を着てくださいな。驚きますから」
どこからか取り出した服をケケがモソモソ着終わる頃、クチダケ鳥と海風もフラフラ立ち上がった。
御津流が駆け寄ってきた。
「あ、帰ってきた! どうしちゃったのさ、いったい」
そのとき、誘結印から乙女が姿を現した。児兎だ。
ヘロヘロに立ちよどんでいるクチダケ鳥、海風、ケケの姿を見て、あんぐり口を開けた。
「ありゃりゃ。思わぬ余波があらぬ方向に広がってる。。。」
児兎のこの呟きが、「内省族であること」に自呪縛されていた三人を直撃したのだった。
「・・・お、嬢さん。いらっさい」
いまだヨレヨレのクチダケ鳥が、ニンマリ笑う。
「そっちに内緒で自首したの、二人おるってか? 誰と誰やろ。けっけっけ」
「一人はおいらだよん」
海風があっさり口を割った。
パクリ騒動いらい、脳内キャラを9名も創設して己の感情制御に四苦八苦しているところへ、ブッスリ効いたらしい。
「ゲッ。海風はん、自己申告かや。しゃあない、ゲロったろ。もう一人はうちや」
「みなさん、ごめんなさい」
すまなさそうにする児兎の横で、智庵が顔を曇らせた。
「それはそうと、気になることが。あれいらい、砦がまったく動いていません」
えっ、とみなが顔を見合わせる。
キィが「そういえば」と櫓の向こうを指さした。
「この砦、裏手に碇がありましたね。もしや」
案の定。
裏庭の底なし井戸に、銀色の碇が投げ込まれていた。
井戸の横に据え付けられた大きなドラム。巻き取られていたはずの鎖が、すべて解けている。
伸びきった鎖を、男性陣そろって引き上げようとした。が、ひと鎖も動かない。
「厄介ですね。誰だろう、こんなことをしたのは」
空中で見物していたZetaが言った。しかし誰も身に覚えがない。
海風がむーんと腕組みする。
「魔法の碇だからな。前に言ったよね。僕たちが留まるべき場所では、勝手に利くのかもね。留まる理由が解消するまでは」
クチダケ鳥は難し顔だ。
「内省族のジレンマ、ってところやな・・・」
智庵はますます顔を曇らせた。
「このまま、旅がうやむやに止まってしまわないでしょうか」
「海風殿か? どうしたのだろう」
キィが風の行方を見上げる。
物見櫓の突端から、クチダケ鳥が無言で飛び立った。
「いったいなにがあったの? 僕、様子を見てくる」
御津流が跳ね橋門に向かう。智庵は黙ってその背を見送った。
* * *
長い長い経緯(いきさつ)がある。
善意之天災。
議論は過熱し。
嘲笑が渦巻き。
言葉狩る者達の過ちが。
かけがえのない言葉たちを、この世界から抹消した。
人と人との交流のかたちの、最も望ましくないありようが、赤裸々に繰り広げられた。
海風が創作した一遍の戯曲。
長い長い経緯には一言も触れていない。しかし、見続けていたからこそ生まれた。
その曲は「かけがえのない言葉たち」を留保無く抹消した耶呆島政府と「天災システム」とを、ケラケラに腐し倒していた。それらこそが最悪の結末をもたらした元凶であったから。
冗談の体を借りていたが、その芯は、憤りだった。
よりによって、その曲が、パクられた。
よりによって、一連の経緯の中心に居た人物の手で。
よりによって、耶呆島政府と天災システムを礼賛する偽曲へと姿を変えて。
よりによって、天災システムに負け戦を吹っかけ続けてきた、クチダケ鳥の目の前で。
海風は馴染みの古巣からも浮遊砦からも離れた。怒りを制御するため、いずこかへと飛んだ。
クチダケ鳥も姿をくらました。耶呆島の偏屈岩窟の扉には、一枚の書が貼り出された。
浮遊砦の六人には、共通の気質がある。
自分にとって気に喰わないなにごとかが起こったとしても、それだけの理由で他者を批判することを良しとしない。ただ批判したいがために、ましてただ相手を傷つけたいがために、他者を指弾するような文章は打たない。
他者のためではなく、自分のための矜持。
* * *
十日が過ぎた。人気少ない浮遊砦。
跳ね橋門の前を、智庵が手持ち無沙汰げに、袖に手を入れぷらぷら歩いていた。
と、はるか上空で、誰かが叫んだ。
「うちのことかー!」
驚き、空を仰ぐ智庵。その目前に。
何かがボトッと落ちてきた。絞ったまま干乾びた雑巾のような・・・
「??」
地面に半分埋まり潰れているのは・・・
「ほんとに、ろくでもないねぇ~・・・」
「クチダケさん?」
さらに、デカイ男が空からドスーンと落ちてきた。
「ぼ、僕にも刺さった・・・」
「海風さん??」
さらに、海風の隣から別の声がした。
「私も『160km/hの剛速球』が脳天に命中しました・・・」
「その声は、ケケ殿!?・・・いらっしゃるなら服を着てくださいな。驚きますから」
どこからか取り出した服をケケがモソモソ着終わる頃、クチダケ鳥と海風もフラフラ立ち上がった。
御津流が駆け寄ってきた。
「あ、帰ってきた! どうしちゃったのさ、いったい」
そのとき、誘結印から乙女が姿を現した。児兎だ。
ヘロヘロに立ちよどんでいるクチダケ鳥、海風、ケケの姿を見て、あんぐり口を開けた。
「ありゃりゃ。思わぬ余波があらぬ方向に広がってる。。。」
わたしの嫌いな文章
内省・自己観察の形をとりながら、他者に反省を促すことを企図している文章。
自分が内省的であり、謙虚であり、寛容であり、なおかつ未熟で不十分であるというセルフイメージを、他者も承認すべきであるとそれとなく強要する傲慢な文章。
児兎のこの呟きが、「内省族であること」に自呪縛されていた三人を直撃したのだった。
「・・・お、嬢さん。いらっさい」
いまだヨレヨレのクチダケ鳥が、ニンマリ笑う。
「そっちに内緒で自首したの、二人おるってか? 誰と誰やろ。けっけっけ」
「一人はおいらだよん」
海風があっさり口を割った。
パクリ騒動いらい、脳内キャラを9名も創設して己の感情制御に四苦八苦しているところへ、ブッスリ効いたらしい。
「ゲッ。海風はん、自己申告かや。しゃあない、ゲロったろ。もう一人はうちや」
「みなさん、ごめんなさい」
すまなさそうにする児兎の横で、智庵が顔を曇らせた。
「それはそうと、気になることが。あれいらい、砦がまったく動いていません」
えっ、とみなが顔を見合わせる。
キィが「そういえば」と櫓の向こうを指さした。
「この砦、裏手に碇がありましたね。もしや」
案の定。
裏庭の底なし井戸に、銀色の碇が投げ込まれていた。
井戸の横に据え付けられた大きなドラム。巻き取られていたはずの鎖が、すべて解けている。
伸びきった鎖を、男性陣そろって引き上げようとした。が、ひと鎖も動かない。
「厄介ですね。誰だろう、こんなことをしたのは」
空中で見物していたZetaが言った。しかし誰も身に覚えがない。
海風がむーんと腕組みする。
「魔法の碇だからな。前に言ったよね。僕たちが留まるべき場所では、勝手に利くのかもね。留まる理由が解消するまでは」
クチダケ鳥は難し顔だ。
「内省族のジレンマ、ってところやな・・・」
智庵はますます顔を曇らせた。
「このまま、旅がうやむやに止まってしまわないでしょうか」
2007年が明けた。浮遊砦の旅も小休止。
メンツはおのおのの家に戻り、年賀の客のもてなしにいそしむ。
智庵の庵でも、新年の宴が催された。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
智庵が一礼する。一同、祝いの酒盃を高く掲げた。「乾杯!」
節料理をつまみ、一杯目の杯を空けたころ、智庵が大きな巻紙を取り出した。
「書初めをいたしました。感想をうかがいたいのですが」
パラッとほどいた縦長の和紙には、達筆で十二訓、したためられている。
「原本は、昨年触発された、マキャベリの『君主論』。いかが」
リアリストの智庵らしい、身が切れそうに鋭利なブロガー訓。
一同から歓声が上がった。「おぉ~!」
クチダケ鳥がケラケラ笑う。
「第六訓がええわ。うちも変わるときは一夜で豹変したろ」
海風も手を叩いて喜んでいる。
「もとネタ知らなくても面白いよ。この書きかた、他にも使えそう」
「他・・・耶呆島限定ならこんなふうでしょうか。『新しく耶呆島ブロガーとなった者は取り潰しから身を守る方法を考えておかなければならない』」
御屠蘇で頬を紅くした児兎は、笑いながら嘆く。
「シビアだ!悲しき耶呆ブロガー。。。」
智庵には冗談で済まないらしい。声は沈んでいた。
「また、あったようです。怖いです。朝起きたら自分の庵がない、なんてことになったら」
耶呆島の為政者は、なんの予告もなく住人の家を取り潰すことがある。
耶呆島政府を批判した者。きわどい書を公にした者。隣人との小競り合いが絶えなかった者。
・・・とはいえ御家取り潰しの真の理由は、わからない。いっさい説明がないからだ。
智庵の右隣のマッチョムキムキ男が、一句ひねった。智庵の友人で、川辺という。
「『真の耶呆ブロガーは悪態をついてはならない』なんてね」
「巨大F連邦、海上S都市、E牧歌国・・・移転先を考えてもみたけれど、どこも怖そうです」
新しい土地・新しい人間関というものに馴染みにくい性質の人がいる。智庵は殊にそうだった。
「なんだかんだいって、やっぱりこの島が一番なのです。こうして客人との会話も弾みますし。不思議なこと」
海風が「そういえば」と口を開く。だいぶ酔いが回っている。
「H自治区から来た旅人が言ってた。ここの住人が会話好きなのって、島の創り・・・つまりシステムによるのかもって。システムが住人の性向を決める、という仮説は成立するのかな」
F共和国の住人、御津流がチン!とカップを弾き鳴らす。
「成立するに一票!」
児兎が首をかしげた。
「わたし、L合衆国にもS都市にもいたけれど、自分の趣味とか日常とかしか興味がない人はどこの国に住んでるかなんて気にしていなかったわ・・・」
「んじゃ、この仮説はどう?」
海風がカップに茶を注ぎ、ソーサーを逆さにしカップに蓋をしてしまった。
「囲い込み性の高いシステムの場合、独特の文化(空気)が発生する。たとえばS都市なんかは基本設計がM-Type、つまりグローバル設計だね。対して、この島やH自治区なんかは、住人同士の交流を促進するシステムが基盤に組み込まれてるから、特定の空気が形成され易い」
御津流は笑っている。
「交流か・・・家にお客さんが来れば住み続けたくなる。為政者が納税者を確保するって狙いだよ、きっと」
そのとき、智庵の左隣から、控えめな女性の声がコショコショと漏れた。
「F連邦に家を建てたら、通りすがりの方から声をかけられてビビりました・・・」
智庵の旧い友人、ファラだ。耶呆島住人だが、E牧歌国にも家を持っている。
「E牧歌国は自分のペースでやれそうな気が・・・なぜかって具体的なポイントはないけど」
交流の緊密さを肌良く感じるかどうかは人による、ということだろうか。
もう夕暮れ時。けれど宴はまだまだ、これからだ。
テーブルから料理と酒が消え、かわりに、とりどりの茶を入れたポット、砂糖とミルクが並んだ。
児兎が手作りのクッキーを配りながら、なんとなしに言った。
「他の国の評価や交流の特徴、聞いてみたいです」
「面白そうですね。では私から話しましょうか」
智庵がうなずいた。智庵はアメーバ公国に、別宅を持っている。
と、庵の戸口から呼び鈴が鳴った。来客らしい。
「あら、また賑やかになりそうですね」
迎えに立った智庵が扉を開ける。
不思議な客人がたたずんでいた。いや、人ではなく・・・
ふさふさの尾と、茶目っ気あふれる瞳と、尖った隠し爪を持つ、獣。
「あや? 狐はん!」
クチダケ鳥が、パカっとクチを開ける。
善意之天災がらみで知り合った、異国出の友人だった。
狐は礼節正しく挨拶を述べる。
「初めまして。あちこちの国を彷徨う流浪民です。歌檀と申します」
それから尾をくるりと立て、にっこり笑った。
「異国語りと聞きつけて、飛び入りに参りました ミ^。^彡」
メンツはおのおのの家に戻り、年賀の客のもてなしにいそしむ。
智庵の庵でも、新年の宴が催された。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
智庵が一礼する。一同、祝いの酒盃を高く掲げた。「乾杯!」
節料理をつまみ、一杯目の杯を空けたころ、智庵が大きな巻紙を取り出した。
「書初めをいたしました。感想をうかがいたいのですが」
パラッとほどいた縦長の和紙には、達筆で十二訓、したためられている。
「原本は、昨年触発された、マキャベリの『君主論』。いかが」
リアリストの智庵らしい、身が切れそうに鋭利なブロガー訓。
1 突然ブロガーになった者が最初にやらなければならないのは、テーマを決めることである。
2 新しくブロガーになった者は、荒らしから身を守る方法を考えておかなければならない。
3 ブロガーは、できるだけたくさんのファンや常連を獲得しなければならない。
4 新人ブロガーは目標とする超人気ブロガーを持たなければならない。その目標は高ければ高いほどよい。
5 ブロガーがよりよい記事を書こうとすることを怠ればファンに見放される。
6 ブログが方針を変えざるを得なくなった時は一夜にして変わるべきだ。
7 はてなブックマークされたいと考えるなら権謀術数を習得せよ。
8 ファンの中に立派な助言者がいるからアルファブロガーと呼ばれる。
9 新しいコメント者が危険かどうかを把握するため、ブロガーはしっかりと目を見開いていなければならない。
10 コメント欄の意見には耳を傾けるべきであるが、複数の意見を聞いていると結局考えがまとまらなくなる。よい意見はブロガーの思慮から生まれる。
11 ブロガーがファンの支持を得るのは簡単だが、その支持を保ち続けるのは難しい。
12 同じタイプのファンばかりだと、ブログのパワーが落ちていく。
一同から歓声が上がった。「おぉ~!」
クチダケ鳥がケラケラ笑う。
「第六訓がええわ。うちも変わるときは一夜で豹変したろ」
海風も手を叩いて喜んでいる。
「もとネタ知らなくても面白いよ。この書きかた、他にも使えそう」
「他・・・耶呆島限定ならこんなふうでしょうか。『新しく耶呆島ブロガーとなった者は取り潰しから身を守る方法を考えておかなければならない』」
御屠蘇で頬を紅くした児兎は、笑いながら嘆く。
「シビアだ!悲しき耶呆ブロガー。。。」
智庵には冗談で済まないらしい。声は沈んでいた。
「また、あったようです。怖いです。朝起きたら自分の庵がない、なんてことになったら」
耶呆島の為政者は、なんの予告もなく住人の家を取り潰すことがある。
耶呆島政府を批判した者。きわどい書を公にした者。隣人との小競り合いが絶えなかった者。
・・・とはいえ御家取り潰しの真の理由は、わからない。いっさい説明がないからだ。
智庵の右隣のマッチョムキムキ男が、一句ひねった。智庵の友人で、川辺という。
「『真の耶呆ブロガーは悪態をついてはならない』なんてね」
「巨大F連邦、海上S都市、E牧歌国・・・移転先を考えてもみたけれど、どこも怖そうです」
新しい土地・新しい人間関というものに馴染みにくい性質の人がいる。智庵は殊にそうだった。
「なんだかんだいって、やっぱりこの島が一番なのです。こうして客人との会話も弾みますし。不思議なこと」
海風が「そういえば」と口を開く。だいぶ酔いが回っている。
「H自治区から来た旅人が言ってた。ここの住人が会話好きなのって、島の創り・・・つまりシステムによるのかもって。システムが住人の性向を決める、という仮説は成立するのかな」
F共和国の住人、御津流がチン!とカップを弾き鳴らす。
「成立するに一票!」
児兎が首をかしげた。
「わたし、L合衆国にもS都市にもいたけれど、自分の趣味とか日常とかしか興味がない人はどこの国に住んでるかなんて気にしていなかったわ・・・」
「んじゃ、この仮説はどう?」
海風がカップに茶を注ぎ、ソーサーを逆さにしカップに蓋をしてしまった。
「囲い込み性の高いシステムの場合、独特の文化(空気)が発生する。たとえばS都市なんかは基本設計がM-Type、つまりグローバル設計だね。対して、この島やH自治区なんかは、住人同士の交流を促進するシステムが基盤に組み込まれてるから、特定の空気が形成され易い」
御津流は笑っている。
「交流か・・・家にお客さんが来れば住み続けたくなる。為政者が納税者を確保するって狙いだよ、きっと」
そのとき、智庵の左隣から、控えめな女性の声がコショコショと漏れた。
「F連邦に家を建てたら、通りすがりの方から声をかけられてビビりました・・・」
智庵の旧い友人、ファラだ。耶呆島住人だが、E牧歌国にも家を持っている。
「E牧歌国は自分のペースでやれそうな気が・・・なぜかって具体的なポイントはないけど」
交流の緊密さを肌良く感じるかどうかは人による、ということだろうか。
もう夕暮れ時。けれど宴はまだまだ、これからだ。
テーブルから料理と酒が消え、かわりに、とりどりの茶を入れたポット、砂糖とミルクが並んだ。
児兎が手作りのクッキーを配りながら、なんとなしに言った。
「他の国の評価や交流の特徴、聞いてみたいです」
「面白そうですね。では私から話しましょうか」
智庵がうなずいた。智庵はアメーバ公国に、別宅を持っている。
と、庵の戸口から呼び鈴が鳴った。来客らしい。
「あら、また賑やかになりそうですね」
迎えに立った智庵が扉を開ける。
不思議な客人がたたずんでいた。いや、人ではなく・・・
ふさふさの尾と、茶目っ気あふれる瞳と、尖った隠し爪を持つ、獣。
「あや? 狐はん!」
クチダケ鳥が、パカっとクチを開ける。
善意之天災がらみで知り合った、異国出の友人だった。
狐は礼節正しく挨拶を述べる。
「初めまして。あちこちの国を彷徨う流浪民です。歌檀と申します」
それから尾をくるりと立て、にっこり笑った。
「異国語りと聞きつけて、飛び入りに参りました ミ^。^彡」
鉄工街から飛び立った浮遊砦。風を受け、どこかへ走りゆく。
雲のまにまに、ときおり顔を見せる午後の太陽。
やがて砦は、耶呆島の一端にさしかかる。
大きな町があった。町は大きいが、大きな建物は見当たらない。住宅ばかり。
家々はどれもよく似ていた。色違いの屋根、けれど同じような造りの二階家が軒を連ねている。
どこかの都市のベッドタウンなのかもしれない。
見分けのつかない家々に住むは、没個性のつまらない住人達か。それとも・・・
「どういう町?」
櫓を登ってきた御津流。手すりに留るクチダケ鳥に並び、町を見降ろした。
「見たとおり、フツーの町や」
「それにしては、なにか思うところがありそうな」
「あら、あたり。この町・・・ちっと前、天災があってな。善意之天災、ゆうてな」
御津流は、まだ知らない。
「まあそれはええけど。どうせこの町、回復めっさ早いし。みんな、そんなこととうに忘れとるわ。けどな・・・」
クチダケ鳥がうじうじ話だしたら最後。
「うちはいろいろ考えてん。うちの知り合いにラブリ~な兎さんがおって、その知り合いに牛飼い男はんがおって、彼モーええこと言うとったなぁ。善とはなんやろな、と」
その話の、まあ長いこと暗いこと。
「けど、うちの考えはまた違うねん。優しいに本当とか適当とか嘘とかあるんやろか。あの天災みたら、考えずにいられんわ・・・」
御津流はそっと席を外した。
クチダケ鳥の陰気な思考が、砦の地場に作用したらしい。
その夜はみな、優しさがどうの善がどうのという話題に吸い寄せられ、ひとしきり語り明かした。
海風が腕組みする。
「『偽善は少なくとも悪ではない』て聞いたことあるけど。めがっさ名言だねー」
智庵が黙想する。
「アカルマとヴィカルマと説教族の相関性を考えてみます。私も善業積まなくては」
御津流が閃く。
「受け手がありがたくなくてもありがとうと言うのは・・・そっか、優しさカウンターだ!」
クチダケ鳥が額をカリカリ掻く。
「優しさ・・・送り手側の気持ちを優先するか、受け手側の評価を優先するか、そこがむつかしぃねんな」
キィがポケットを探る。
「非常に難しいですね。互いの歯車が咬み合わなければ・・・」
チィン!という金属音。
キィのポケットから、なにかがたくさん転がり出てきた。
「ケケ殿とお会いした街で、拾ってきました。おもしろいでしょう」
歯車だ。大きさ、材質、形状。似ているようでいても、どれひとつ同じでない。
硝子細工の歯車をひとつを手に取り、智庵が言った。
「これに心惹かれます。ところで。どうおもしろいのですか」
キィは黒光りする歯車を手に取った。
「形状、材質、大きさ。それぞれに咬み合わせ、つまり相性があるのです。たとえば・・・」
海風が察した。歯車の山に、フッと息を吹きかける。
歯車が次々と宙に浮き上がる。
「この鉄の歯車。相手も鉄の歯車だった場合、相性は両極端に二分される。歯車の形状が同一で噛み合わせが良ければ、相乗的に力を発揮できるという相性。歯車の形状が異形であれば、常に火花を散らす相性」
ポンと放ったキィの歯車が、スッと智庵の歯車に飛び寄る。
智庵の手の中の歯車が、繊細に震えた。
「智庵殿の硝子の歯車は、脆い。形状が同一なら良いが、相手が異形だと壊れてしまう。片方が壊れてしまっては、交流の糸口は掴むことは不可能でしょう」
「壊れるのはいやです。お引き取り願います」
智庵は硝子の歯車を、そっと掌にしまった。
鉄の歯車が、相手を探し宙を漂う。と、白く濁った不思議な材質の歯車がスイと近づいた。
「それはシリコンの歯車。柔軟に圧力を受け止めます。常に柔軟に対応することで、逆に相手を手玉に取ることもできる」
キィは続けて、隣の海風になにごとか耳打ちした。
うなずく海風。宙に人差し指を立て、タクトを振る。
たくさんの歯車が、一斉に回転しはじめた。相手を求め、ワルツを踊るように空をさまよう。
あちこちで、チィン!と怜悧な音が響く。そのまま噛み合う歯車もあれば、すぐに離れるものも。
キィが空の一点を指す。三つの歯車が見事に咬みあい、高速で回転していた。
「歯車の相性自体が良くとも、接点に於ける進行方向が合わなければ衝突します。そういうときは、第三の歯車が間に入ると解決できる」
御津流が苦笑いする。
「間の歯車、かあ。ペースが遅い僕は、三人以上いると置いてきぼりを食うよ」
と。空間のかたすみから、呟くような声がした。
「第三者の歯車・・・一番得なのは『大気の歯車』かも。いや、『大気の歯車』は間に割り込まないのか」
えっ? と振り仰いだ五人の頭上に、不思議な歯車が浮いていた。
透き通っている。輪郭だけが、空にくっきり浮かび上がり。
材質は・・・シリコンのような、硝子のような、大気のような。
「誘結印の生産工場から来ました。みなさんのお役に立てるなら嬉しい」
鉄工街からこっそり乗り込んでいたらしい。
クルクル回りながら、不思議な歯車は「Zeta」と名乗った。
雲のまにまに、ときおり顔を見せる午後の太陽。
やがて砦は、耶呆島の一端にさしかかる。
大きな町があった。町は大きいが、大きな建物は見当たらない。住宅ばかり。
家々はどれもよく似ていた。色違いの屋根、けれど同じような造りの二階家が軒を連ねている。
どこかの都市のベッドタウンなのかもしれない。
見分けのつかない家々に住むは、没個性のつまらない住人達か。それとも・・・
「どういう町?」
櫓を登ってきた御津流。手すりに留るクチダケ鳥に並び、町を見降ろした。
「見たとおり、フツーの町や」
「それにしては、なにか思うところがありそうな」
「あら、あたり。この町・・・ちっと前、天災があってな。善意之天災、ゆうてな」
御津流は、まだ知らない。
「まあそれはええけど。どうせこの町、回復めっさ早いし。みんな、そんなこととうに忘れとるわ。けどな・・・」
クチダケ鳥がうじうじ話だしたら最後。
「うちはいろいろ考えてん。うちの知り合いにラブリ~な兎さんがおって、その知り合いに牛飼い男はんがおって、彼モーええこと言うとったなぁ。善とはなんやろな、と」
その話の、まあ長いこと暗いこと。
「けど、うちの考えはまた違うねん。優しいに本当とか適当とか嘘とかあるんやろか。あの天災みたら、考えずにいられんわ・・・」
御津流はそっと席を外した。
クチダケ鳥の陰気な思考が、砦の地場に作用したらしい。
その夜はみな、優しさがどうの善がどうのという話題に吸い寄せられ、ひとしきり語り明かした。
海風が腕組みする。
「『偽善は少なくとも悪ではない』て聞いたことあるけど。めがっさ名言だねー」
智庵が黙想する。
「アカルマとヴィカルマと説教族の相関性を考えてみます。私も善業積まなくては」
御津流が閃く。
「受け手がありがたくなくてもありがとうと言うのは・・・そっか、優しさカウンターだ!」
クチダケ鳥が額をカリカリ掻く。
「優しさ・・・送り手側の気持ちを優先するか、受け手側の評価を優先するか、そこがむつかしぃねんな」
キィがポケットを探る。
「非常に難しいですね。互いの歯車が咬み合わなければ・・・」
チィン!という金属音。
キィのポケットから、なにかがたくさん転がり出てきた。
「ケケ殿とお会いした街で、拾ってきました。おもしろいでしょう」
歯車だ。大きさ、材質、形状。似ているようでいても、どれひとつ同じでない。
硝子細工の歯車をひとつを手に取り、智庵が言った。
「これに心惹かれます。ところで。どうおもしろいのですか」
キィは黒光りする歯車を手に取った。
「形状、材質、大きさ。それぞれに咬み合わせ、つまり相性があるのです。たとえば・・・」
海風が察した。歯車の山に、フッと息を吹きかける。
歯車が次々と宙に浮き上がる。
「この鉄の歯車。相手も鉄の歯車だった場合、相性は両極端に二分される。歯車の形状が同一で噛み合わせが良ければ、相乗的に力を発揮できるという相性。歯車の形状が異形であれば、常に火花を散らす相性」
ポンと放ったキィの歯車が、スッと智庵の歯車に飛び寄る。
智庵の手の中の歯車が、繊細に震えた。
「智庵殿の硝子の歯車は、脆い。形状が同一なら良いが、相手が異形だと壊れてしまう。片方が壊れてしまっては、交流の糸口は掴むことは不可能でしょう」
「壊れるのはいやです。お引き取り願います」
智庵は硝子の歯車を、そっと掌にしまった。
鉄の歯車が、相手を探し宙を漂う。と、白く濁った不思議な材質の歯車がスイと近づいた。
「それはシリコンの歯車。柔軟に圧力を受け止めます。常に柔軟に対応することで、逆に相手を手玉に取ることもできる」
キィは続けて、隣の海風になにごとか耳打ちした。
うなずく海風。宙に人差し指を立て、タクトを振る。
たくさんの歯車が、一斉に回転しはじめた。相手を求め、ワルツを踊るように空をさまよう。
あちこちで、チィン!と怜悧な音が響く。そのまま噛み合う歯車もあれば、すぐに離れるものも。
キィが空の一点を指す。三つの歯車が見事に咬みあい、高速で回転していた。
「歯車の相性自体が良くとも、接点に於ける進行方向が合わなければ衝突します。そういうときは、第三の歯車が間に入ると解決できる」
御津流が苦笑いする。
「間の歯車、かあ。ペースが遅い僕は、三人以上いると置いてきぼりを食うよ」
と。空間のかたすみから、呟くような声がした。
「第三者の歯車・・・一番得なのは『大気の歯車』かも。いや、『大気の歯車』は間に割り込まないのか」
えっ? と振り仰いだ五人の頭上に、不思議な歯車が浮いていた。
透き通っている。輪郭だけが、空にくっきり浮かび上がり。
材質は・・・シリコンのような、硝子のような、大気のような。
「誘結印の生産工場から来ました。みなさんのお役に立てるなら嬉しい」
鉄工街からこっそり乗り込んでいたらしい。
クルクル回りながら、不思議な歯車は「Zeta」と名乗った。
穏やかな丘陵地帯。濃淡うねる緑の大地に、浮遊砦の丸い影。
人影のない静かな土地に、ちょっと降りてみようとキィが促した。
「どこかを基点にしないと。フワフワ浮いているだけでは旅の道が描けません」
クチダケ鳥がウーンとクビをひねる。
「基点はええけど、【穴】の近くはイヤやで。うちは超がつく平和主義者やねん」
智庵がまじめに返す。
「それは存じませんでした」
「ほんまやって。みんな違ってみんないい、とか言って済ませたいのう」
現実にそう言って済ませられるなら、この旅は始まらなかった。ボヤキである。
智庵は淡々と返す。
「こちらが戦いたくないと一方的に思っていても、攻撃する人はしてきます。破壊、脅威、恐怖、戦い・・・それが異質のものとの出会いにおける本質」
キィが太陽の方角を指差した。
「近くに街がある。とりあえず、そこへ行ってみましょう」
正午前。浮遊砦はひとつの街の上空に入った。
街のあちこちから、灰色の煙が上がっている。細く入り組んだ路地。町工場がひしめている。鉄を切る音、溶接する音、塗装の匂いがここまで上がってくる。街全体が鉄工所という趣だ。
街はずれに砦を停泊させ、一行は街に入った。
どこかで昼食をとろうと、街の大通りに来たところで、海風が声を上げた。
「なんだあれ!?」
路面電車が走っていた。タダの電車ではない。
外装に、人の目が無数に浮き上がっていた。こちらをじっと見つめ続けている。
「ひゃー、うちは目ぇは苦手や」
クチダケ鳥は羽で自分の目を被ってしまった。
キィと御津流は興味深げに見ている。海風はふき出した。
「妖怪だな、ありゃ。こういうの大好きー」
だしぬけに、誰かの声がした。声はとうとうと語りだした。
「通常の美術作品ならともかく、公共交通機関の車両にまさかこんなものが描かれるとは、ほとんどの人にとって『想定外』の出来事でした。さまざまな反応がありました。私はその反応を導くメカニズムに着目したい。けして鉄っちゃんネタを語りたいわけでは、いや語りたいのですがそれだけを語りたいわけでは・・・」
驚いて振り返った五人の後ろに、男が立っていた。
いや、男かどうかわからない。
声は確かに男だ。直立している駅長風体の制服も男物だ。帽子の位置からして、背格好も男らしい。だが服の中身が、ない。
御津流が言った。
「もしもし、体が透けてますよ。大丈夫ですか」
男の帽子が揺れる。笑っているらしい。
「私には、あなたがたの体が『塗りつぶされている』と見えますよ。大丈夫ですか。・・・他者認識とは自分を映す鏡。あなたが見る私、私が見るあなた、あなたと私の他者認識が、私とあなたの自己認識を揺さぶる・・・」
呆気に取られる四人を尻目に、クチダケ鳥がケケ!と高く鳴いた。
「あんさん、体は涼しげやのに、語りは猛烈に暑いねぇ」
男の帽子が猛烈に揺れている。爆笑しているらしい。
クチダケ鳥は、羽元から誘結印を取り出した。
「な、な、うちらの砦に来てくれへん? 気の乗ったときでええから。これ置いてくわ」
白い手袋がぬっと伸びてきた。誘結印を受け取る。気が乗ったらしい。
「お名前は?」
智庵が訊いた。
「どうとでも。しょせん仮の名です」
あっさり涼しい返事に、クチダケ鳥がまた高く鳴いた。
「ケケ!」
人影のない静かな土地に、ちょっと降りてみようとキィが促した。
「どこかを基点にしないと。フワフワ浮いているだけでは旅の道が描けません」
クチダケ鳥がウーンとクビをひねる。
「基点はええけど、【穴】の近くはイヤやで。うちは超がつく平和主義者やねん」
智庵がまじめに返す。
「それは存じませんでした」
「ほんまやって。みんな違ってみんないい、とか言って済ませたいのう」
現実にそう言って済ませられるなら、この旅は始まらなかった。ボヤキである。
智庵は淡々と返す。
「こちらが戦いたくないと一方的に思っていても、攻撃する人はしてきます。破壊、脅威、恐怖、戦い・・・それが異質のものとの出会いにおける本質」
キィが太陽の方角を指差した。
「近くに街がある。とりあえず、そこへ行ってみましょう」
正午前。浮遊砦はひとつの街の上空に入った。
街のあちこちから、灰色の煙が上がっている。細く入り組んだ路地。町工場がひしめている。鉄を切る音、溶接する音、塗装の匂いがここまで上がってくる。街全体が鉄工所という趣だ。
街はずれに砦を停泊させ、一行は街に入った。
どこかで昼食をとろうと、街の大通りに来たところで、海風が声を上げた。
「なんだあれ!?」
路面電車が走っていた。タダの電車ではない。
外装に、人の目が無数に浮き上がっていた。こちらをじっと見つめ続けている。
「ひゃー、うちは目ぇは苦手や」
クチダケ鳥は羽で自分の目を被ってしまった。
キィと御津流は興味深げに見ている。海風はふき出した。
「妖怪だな、ありゃ。こういうの大好きー」
だしぬけに、誰かの声がした。声はとうとうと語りだした。
「通常の美術作品ならともかく、公共交通機関の車両にまさかこんなものが描かれるとは、ほとんどの人にとって『想定外』の出来事でした。さまざまな反応がありました。私はその反応を導くメカニズムに着目したい。けして鉄っちゃんネタを語りたいわけでは、いや語りたいのですがそれだけを語りたいわけでは・・・」
驚いて振り返った五人の後ろに、男が立っていた。
いや、男かどうかわからない。
声は確かに男だ。直立している駅長風体の制服も男物だ。帽子の位置からして、背格好も男らしい。だが服の中身が、ない。
御津流が言った。
「もしもし、体が透けてますよ。大丈夫ですか」
男の帽子が揺れる。笑っているらしい。
「私には、あなたがたの体が『塗りつぶされている』と見えますよ。大丈夫ですか。・・・他者認識とは自分を映す鏡。あなたが見る私、私が見るあなた、あなたと私の他者認識が、私とあなたの自己認識を揺さぶる・・・」
呆気に取られる四人を尻目に、クチダケ鳥がケケ!と高く鳴いた。
「あんさん、体は涼しげやのに、語りは猛烈に暑いねぇ」
男の帽子が猛烈に揺れている。爆笑しているらしい。
クチダケ鳥は、羽元から誘結印を取り出した。
「な、な、うちらの砦に来てくれへん? 気の乗ったときでええから。これ置いてくわ」
白い手袋がぬっと伸びてきた。誘結印を受け取る。気が乗ったらしい。
「お名前は?」
智庵が訊いた。
「どうとでも。しょせん仮の名です」
あっさり涼しい返事に、クチダケ鳥がまた高く鳴いた。
「ケケ!」
夜闇のなか、浮遊砦は音もなく走る。どこに向かっているのか。
砦のあちこちに灯された篝火。ときおり爆(は)ぜた火の粉が、風に遊ばれクルクル舞う。
赤い火の粉とともに、無数の白片がうねり舞っている。海風のメモ。
いや。違う筆跡の紙も舞っている。その数がしだいに増している。
御津流は砦の裏庭にいた。
碇を落とす井戸のそば。海風と智庵のメモを外壁に並べ留め、数歩下がって眺めを繰り返しながら、ぶつぶつ呟いている。
「第1段階は感情。生理的。第2段階は感情の整理。理性が感情に作用。第3段階・・・難しいな。調和か、戦いか、無関心か。第4段階は静寂、と。パラメータは感情と理性にして・・・」
キィは砦の横手にいた。
階段状の観客ベンチがぐるっと巡らされた、テニスコートのような空間。その一角に陣取り、キィはポケットから握りこぶしほどのキューブを取り出した。
「人または異文化には六つの側面がある-外見、言語、外交1&2、内政、治安。それぞれに5段階の評価が加えられるとする」
キューブを高く掲げる。闇をはらい、キューブが輝きだした。
「まずはAステージ。人は他の多様な思想思考の存在を肯定し、自己の発展と成長を望んでいる。進行方向は右へ!」
キューブをコートの中央に放り投げる。キューブは輝きを空間に焼き付けながら、ひとつの傾斜面を描き始めた。よそよそしい他人の平地から、尊敬の高みへと昇りゆく斜面。
コート一面がキューブの軌跡で埋め尽くされたところで、キィはキューブを手招きした。コート面がリセットされる。キィはふたたびキューブを掲げる。
「次はBステージ。人は他の思想思考の存在を否定し、自己中心的である。進行方向は左へ!」
キューブが第二の傾斜面を描き始める。互いに敬意を払うライバルの丘から、互いを支配し隷属させようと攻撃する奈落の谷へと沈みゆく斜面。
海風は砦の正面にいた。閉じた跳ね橋門の壁の上に腰掛けている。
さきほど覗いてきた美津流とキィの思考風景に刺激されたらしい。壁から見下ろしたグラウンドには、棒切れでガリガリと引っ掻き書かれた文字。
「コミュニケーションのドライビングフォース」
指で空間に十字を切る。
「理論軸・・・尊重、そして軽蔑。感情軸・・・共感、そして反感」
宙に生まれた二つの軸を、グラウンドに投射する。地面が四つの領域に区分された。
「そこは共存。左は儀礼的無関心領域か。その下はもちろん対立。右下は・・・あ、同化圧力か」
おのおの、なにかを考えつくたび、三者は自分のメモを、砦をめぐる風に投げ入れる。
さらに、三つの場所を忙しく巡る智庵が自分のメモを加えていく。
刻々と増えてゆくメモ。白い突風が砦を時計回りに巡る。砦の中心に立つ物見櫓は、まるで台風の目だ。
吹きすさぶ嵐のなか、御津流の声が響いた。
「できた! 知りすぎ線、てのも入れてみたよ」
続けてキィの声。
「よし。こういう平面図もいけますね。ふむ、知りすぎ線・・・では、キューブ軌跡面の修正案を」
さらに海風の声。
「やっぱ3次関数の曲線にしたいなー。格好いいし。よっ!」
虚空を指さし、なにごとか呟く。物見櫓を前にした空間に、なだらかな傾斜曲面が現れた。
夜が明けてきた。白む空。下界の様子がすこしづつ浮かび上がる。
どこまで流されてきたのか。砦は誰も見たことのない丘陵地帯の上空に浮いていた。
櫓のてっぺんで羽を休めていたクチダケ鳥が、突然クチを開いた。
「海風はん! うちもいっちょ案があるねん。その交流曲面、使てもええか?」
「いいけどー。どうするのさ」
「その曲面、穏当すぎるわ。人の交わり合いてぇのはな、どこぞにボコボコ穴が空いてるはずやねん」
「えっ! それって・・・僕が最初考えてた・・・」
「せや。外、見てみたらええわ。ちょうどそこにあるで。おおーきい穴がな」
海風は風に変じて上空に飛んだ。
智庵・御津流・キィの三人は、急いで跳ね橋門を降ろした。空に突き出した橋げたの上から下界を見下ろす。
一見ならだかな丘陵地帯であるのに。
砦の前方には、蟻地獄のような穴が口を開けていた。
キィが、ひとときも離さなかった三脚と何かの器具を構えた。どうやら、地形を測定する計測器だったらしい。
器具のレンズにじっと目を当て、やがて、低い声で呟いた。
「そう、間違いない。あれこそが・・・恐怖と憎悪、攻撃と支配の空間・・・Bステージへの入り口です」
砦のあちこちに灯された篝火。ときおり爆(は)ぜた火の粉が、風に遊ばれクルクル舞う。
赤い火の粉とともに、無数の白片がうねり舞っている。海風のメモ。
いや。違う筆跡の紙も舞っている。その数がしだいに増している。
御津流は砦の裏庭にいた。
碇を落とす井戸のそば。海風と智庵のメモを外壁に並べ留め、数歩下がって眺めを繰り返しながら、ぶつぶつ呟いている。
「第1段階は感情。生理的。第2段階は感情の整理。理性が感情に作用。第3段階・・・難しいな。調和か、戦いか、無関心か。第4段階は静寂、と。パラメータは感情と理性にして・・・」
キィは砦の横手にいた。
階段状の観客ベンチがぐるっと巡らされた、テニスコートのような空間。その一角に陣取り、キィはポケットから握りこぶしほどのキューブを取り出した。
「人または異文化には六つの側面がある-外見、言語、外交1&2、内政、治安。それぞれに5段階の評価が加えられるとする」
キューブを高く掲げる。闇をはらい、キューブが輝きだした。
「まずはAステージ。人は他の多様な思想思考の存在を肯定し、自己の発展と成長を望んでいる。進行方向は右へ!」
キューブをコートの中央に放り投げる。キューブは輝きを空間に焼き付けながら、ひとつの傾斜面を描き始めた。よそよそしい他人の平地から、尊敬の高みへと昇りゆく斜面。
コート一面がキューブの軌跡で埋め尽くされたところで、キィはキューブを手招きした。コート面がリセットされる。キィはふたたびキューブを掲げる。
「次はBステージ。人は他の思想思考の存在を否定し、自己中心的である。進行方向は左へ!」
キューブが第二の傾斜面を描き始める。互いに敬意を払うライバルの丘から、互いを支配し隷属させようと攻撃する奈落の谷へと沈みゆく斜面。
海風は砦の正面にいた。閉じた跳ね橋門の壁の上に腰掛けている。
さきほど覗いてきた美津流とキィの思考風景に刺激されたらしい。壁から見下ろしたグラウンドには、棒切れでガリガリと引っ掻き書かれた文字。
「コミュニケーションのドライビングフォース」
指で空間に十字を切る。
「理論軸・・・尊重、そして軽蔑。感情軸・・・共感、そして反感」
宙に生まれた二つの軸を、グラウンドに投射する。地面が四つの領域に区分された。
「そこは共存。左は儀礼的無関心領域か。その下はもちろん対立。右下は・・・あ、同化圧力か」
おのおの、なにかを考えつくたび、三者は自分のメモを、砦をめぐる風に投げ入れる。
さらに、三つの場所を忙しく巡る智庵が自分のメモを加えていく。
刻々と増えてゆくメモ。白い突風が砦を時計回りに巡る。砦の中心に立つ物見櫓は、まるで台風の目だ。
吹きすさぶ嵐のなか、御津流の声が響いた。
「できた! 知りすぎ線、てのも入れてみたよ」
続けてキィの声。
「よし。こういう平面図もいけますね。ふむ、知りすぎ線・・・では、キューブ軌跡面の修正案を」
さらに海風の声。
「やっぱ3次関数の曲線にしたいなー。格好いいし。よっ!」
虚空を指さし、なにごとか呟く。物見櫓を前にした空間に、なだらかな傾斜曲面が現れた。
夜が明けてきた。白む空。下界の様子がすこしづつ浮かび上がる。
どこまで流されてきたのか。砦は誰も見たことのない丘陵地帯の上空に浮いていた。
櫓のてっぺんで羽を休めていたクチダケ鳥が、突然クチを開いた。
「海風はん! うちもいっちょ案があるねん。その交流曲面、使てもええか?」
「いいけどー。どうするのさ」
「その曲面、穏当すぎるわ。人の交わり合いてぇのはな、どこぞにボコボコ穴が空いてるはずやねん」
「えっ! それって・・・僕が最初考えてた・・・」
「せや。外、見てみたらええわ。ちょうどそこにあるで。おおーきい穴がな」
海風は風に変じて上空に飛んだ。
智庵・御津流・キィの三人は、急いで跳ね橋門を降ろした。空に突き出した橋げたの上から下界を見下ろす。
一見ならだかな丘陵地帯であるのに。
砦の前方には、蟻地獄のような穴が口を開けていた。
キィが、ひとときも離さなかった三脚と何かの器具を構えた。どうやら、地形を測定する計測器だったらしい。
器具のレンズにじっと目を当て、やがて、低い声で呟いた。
「そう、間違いない。あれこそが・・・恐怖と憎悪、攻撃と支配の空間・・・Bステージへの入り口です」
メモに次ぐメモ、白紙雪が溢れた部屋で、風の呟きがグルグル廻っている。
「異文化接触段階の0、1、1'、2、3・・」
「4から0段階へループ・・・螺旋階段状態の空間モデル?」
「なんか違う、なんか違うぞ! 軸がない・・・」
「コミュニケーションの原子モデル、重力モデル・・・」
「たくさんくぼみのある空間モデル?・・・そこを通過する自分?」
扉をノックする音。風型のまま海風は応えた。
「どーぞー」
開いた扉から、クチダケ鳥が顔を出す。
「お、やってるやってる! ・・・て、何してるん?」
「異文化接触と反応と交流の数式化。もしくはモデル化。ってとこだねー」
「砦でやらはったらええのに。ここより広いで」
「まだメモ段階だからね。もう少しまとまったら」
続けて顔を出した智庵が、目を丸くした。
「すごい科学的な方向になっておりますね。ネット住民分類学の時のような立体図ではなく?」
「僕もそう思ってたけど、グラフ化する軸がうまく見つからない」
天井近くで人型に化けた海風が、ドスンと床に下りた。メモ紙の山がわっと散り舞う。
そのとき、初めて聞く声が響いた。
「仮に立体図にすると軸は全て[力の種類]かな?」
もうひとつ、別の声が響いた。
「3次元で考えるから難しいのでないかと・・・僕の思考回路の中では4次元なんですよね」
驚いた三者が振り向く。開け放してあった扉に、二人の人影があった。
「ああ、御津流殿。いらっしゃい」
智庵が、少年の方に呼びかけた。
白いTシャツにざっくりしたケミカルウォッシュのジーンズ、両ポケットに両手をつっこみ、少年は、はにかんだ笑いを浮かべている。
もう一人の男は、クールビズ風の開襟シャツにプレスしたばかりのスラックス、といういでたち。三脚台と何かの器具を提げている。
クチダケ鳥が羽を打ち合わせた。
「キィさん! よう来たな。狭いし散らかってるけど遠慮なくあがってえな。海風はん、紹介するで」
「ここ、僕の家なんだけど。失礼しちゃうー」
海風が言い、フーッとメモ紙を吹き散らした。
挨拶もそこそこに、海風・御津流・キィの三名はすぐに意気投合した。
海風が吹き散らしたメモ紙を片っ端から掴み、おのおのが思い思いの考えを述べる。
「重力・電磁気力・ファンデルワールス力という分類。引力が斥力に反転する駆動力」
「xyzが全て正の時、結果は交流。全て負の時、結果は敵対、とか。あーちゃうわ」
「4次元と言っても、3次元に下限限界を設けて別の次元に移行するって考えなんですけど」
数学物理には疎い智庵だが、思考が化学反応しあう光景に新たな思索が始まった。
「・・・第1段階は[破壊]、第2段階は[再構築]・・・」
クチダケ鳥がやけに静かだ。猛烈に吹き回るメモに目を回し、部屋の隅で昏倒している。
すさまじい思考の嵐。ついに海風が怒鳴り声を上げた。
「ちょーっと待った! このままじゃ僕の部屋が壊れちまう! 続きは砦でやろう!」
続きは砦で。
最高のブレインストーミングが、始まる。
「異文化接触段階の0、1、1'、2、3・・」
「4から0段階へループ・・・螺旋階段状態の空間モデル?」
「なんか違う、なんか違うぞ! 軸がない・・・」
「コミュニケーションの原子モデル、重力モデル・・・」
「たくさんくぼみのある空間モデル?・・・そこを通過する自分?」
扉をノックする音。風型のまま海風は応えた。
「どーぞー」
開いた扉から、クチダケ鳥が顔を出す。
「お、やってるやってる! ・・・て、何してるん?」
「異文化接触と反応と交流の数式化。もしくはモデル化。ってとこだねー」
「砦でやらはったらええのに。ここより広いで」
「まだメモ段階だからね。もう少しまとまったら」
続けて顔を出した智庵が、目を丸くした。
「すごい科学的な方向になっておりますね。ネット住民分類学の時のような立体図ではなく?」
「僕もそう思ってたけど、グラフ化する軸がうまく見つからない」
天井近くで人型に化けた海風が、ドスンと床に下りた。メモ紙の山がわっと散り舞う。
そのとき、初めて聞く声が響いた。
「仮に立体図にすると軸は全て[力の種類]かな?」
もうひとつ、別の声が響いた。
「3次元で考えるから難しいのでないかと・・・僕の思考回路の中では4次元なんですよね」
驚いた三者が振り向く。開け放してあった扉に、二人の人影があった。
「ああ、御津流殿。いらっしゃい」
智庵が、少年の方に呼びかけた。
白いTシャツにざっくりしたケミカルウォッシュのジーンズ、両ポケットに両手をつっこみ、少年は、はにかんだ笑いを浮かべている。
もう一人の男は、クールビズ風の開襟シャツにプレスしたばかりのスラックス、といういでたち。三脚台と何かの器具を提げている。
クチダケ鳥が羽を打ち合わせた。
「キィさん! よう来たな。狭いし散らかってるけど遠慮なくあがってえな。海風はん、紹介するで」
「ここ、僕の家なんだけど。失礼しちゃうー」
海風が言い、フーッとメモ紙を吹き散らした。
挨拶もそこそこに、海風・御津流・キィの三名はすぐに意気投合した。
海風が吹き散らしたメモ紙を片っ端から掴み、おのおのが思い思いの考えを述べる。
「重力・電磁気力・ファンデルワールス力という分類。引力が斥力に反転する駆動力」
「xyzが全て正の時、結果は交流。全て負の時、結果は敵対、とか。あーちゃうわ」
「4次元と言っても、3次元に下限限界を設けて別の次元に移行するって考えなんですけど」
数学物理には疎い智庵だが、思考が化学反応しあう光景に新たな思索が始まった。
「・・・第1段階は[破壊]、第2段階は[再構築]・・・」
クチダケ鳥がやけに静かだ。猛烈に吹き回るメモに目を回し、部屋の隅で昏倒している。
すさまじい思考の嵐。ついに海風が怒鳴り声を上げた。
「ちょーっと待った! このままじゃ僕の部屋が壊れちまう! 続きは砦でやろう!」
続きは砦で。
最高のブレインストーミングが、始まる。
「じゃ、持ってくるから」と言い置き、海風は海風に姿を変えてどこかへ吹き去った。
クチダケ鳥と智庵が思い出話などしていると、やがて東の海の端に、なにか黒い物体が現れた。
つばの広い山の高いソンブレラ帽のような影形。みるみるこちらに近づいて来る。
ぐるりとそびえる高い壁、ツンと突き立つ物見櫓(やぐら)。櫓のてっぺんにはためくは、穴の空いた灰色旗。
あれが浮遊砦か。波立つ海面の十数メートル上を音も無く走る。
飛んで出迎えたクチダケ鳥に、砦を押してきた風がヒュウヒュウうなる。
「お待たせー。そこにある碇(いかり)、落としてくれない?」
クチダケ鳥は上空から砦を見下ろした。
敷地のすみに、人の体ほどある大きなドラム。長々と鎖が巻かれている。
舞い降りてみると、鎖の先端に銀碇が付いている。人の手のひらほどしかない。
「ひゃ、小さ! こんな軽い碇、利くんやろか」
クチダケ鳥の疑問に、海風が応えた。
「魔法の砦を留めるんだ、重量は関係ない。僕達が留まるべき場所なら、きっちり利くはずさ」
ほなええか、とクチダケ鳥は碇をクチバシにくわえた。あたりを見回す。
小さな井戸があった。のぞき込む。底が無い。穴の向こうに、騒ぎ立つ白波。
(なーる。ここやな)
碇を投げ落とす。鎖がスルスルと碇の後を追う。パシャンという音、小さな波飛沫。風向きがふっと変じた。
井戸を離れたクチダケ鳥の耳に、ギィギィギィ、という重い音が響いた。
人型に変じた海風が、砦の外周壁の横で、何かのハンドルを勢いよく回している。
と、壁の一端が切れ、向こう側へと橋を架けるように開き始めた。跳ね橋門だ。
橋が完全に架かかったところで、向こうから智庵が渡ってきた。
「おお、良い砦ですね。簡素で見たまま、わかりやすい」
「智庵はこういう造りがええもんな。うちも、あんまりややこしのは好かんけど」
魔法の砦にもいろいろある。
理論堅固砦、婉曲屈折砦、メタネタツリ砦、虚虚実実砦・・・人の好みの数だけある。攻撃力・防御力も万別だ。
「ここの防御は外壁一枚か。相手が壁を越えてきたら厄介やで。自分の力だけが頼りや」
「常に上空にいればいい。危険そうなヤツと接触したいなら、したい者だけが降りる。砦に招くのは僕らと同じタイプに絞ったほうがいいかも」
海風が言って、「お?」と首をかしげた。
門のかたわらに人影。諸刃(もろは)の荒太刀を引っ提げ、うら若き乙女が立っていた。
乙女の名は児兎(こと)。クチダケ鳥の知人である。
獣の毛皮を身にまとい、ほっそりとした肩腕と両脚を惜しげもなく風にさらしている。
「いらっさい、蛮族の嬢さん。ようここがわかったね」
「偏屈岩窟を訪ねたらお留守でしたから。誘結印をたどって来たの」
「そか。どしたん?・・・なんぞ、やらはったな」
「こちらを見下し哂う無礼な民と遭遇しまして。ちょっと吼えちゃいました。がおーっ!」
乙女の獅子吼に、櫓の木柱がビリビリ震えた。
「あ! あの雄叫び、嬢さんやったか。智庵と待ってるとき、ここまで聞こえてきたで」
児兎の紅潮する頬を、クチダケ鳥はにんまり笑う。
「んで、うちに援護を頼みに?・・・来たわけではなさそうやな」
児兎は朗らかに笑う。
「私は私で、手探りでフィールドワークしてみます。相手と戦いたいわけじゃないし。参考に、クチダケ氏の1年前のレポートをお借りしたいと伝えに来ました。それでは」
一礼し、児兎は荒太刀を振り振り、帰って行った。
見送るクチダケ鳥が、ぽつんと言った。
「身の軽い御人や。若いってええわ。せやけど、あの太刀は・・・まぁ、使うてみなわからんな」
夕闇が降りてきた。海風は夕凪を吹かせに出かけた。
智庵が、砦のあちこちに据えつけられた篝火台に火をともし歩く。
クチダケ鳥は櫓の先に飛んだ。気になっていたものがある。
「こんな旗、いやや。こっちにしよ」
ボロ旗をひっぱがし、暗闇に投げ捨てた。誘結印を取り出す。
呼び出した過去の空間から掴み出したのは、とっておきの旗。支柱の先端に結び付けた。
闇で色は見えない。しかし明日になれば、太陽が真の色を明かしてくれる。
「よっしゃ。さ! まずは、どこ行こや?」
クチダケ鳥と智庵が思い出話などしていると、やがて東の海の端に、なにか黒い物体が現れた。
つばの広い山の高いソンブレラ帽のような影形。みるみるこちらに近づいて来る。
ぐるりとそびえる高い壁、ツンと突き立つ物見櫓(やぐら)。櫓のてっぺんにはためくは、穴の空いた灰色旗。
あれが浮遊砦か。波立つ海面の十数メートル上を音も無く走る。
飛んで出迎えたクチダケ鳥に、砦を押してきた風がヒュウヒュウうなる。
「お待たせー。そこにある碇(いかり)、落としてくれない?」
クチダケ鳥は上空から砦を見下ろした。
敷地のすみに、人の体ほどある大きなドラム。長々と鎖が巻かれている。
舞い降りてみると、鎖の先端に銀碇が付いている。人の手のひらほどしかない。
「ひゃ、小さ! こんな軽い碇、利くんやろか」
クチダケ鳥の疑問に、海風が応えた。
「魔法の砦を留めるんだ、重量は関係ない。僕達が留まるべき場所なら、きっちり利くはずさ」
ほなええか、とクチダケ鳥は碇をクチバシにくわえた。あたりを見回す。
小さな井戸があった。のぞき込む。底が無い。穴の向こうに、騒ぎ立つ白波。
(なーる。ここやな)
碇を投げ落とす。鎖がスルスルと碇の後を追う。パシャンという音、小さな波飛沫。風向きがふっと変じた。
井戸を離れたクチダケ鳥の耳に、ギィギィギィ、という重い音が響いた。
人型に変じた海風が、砦の外周壁の横で、何かのハンドルを勢いよく回している。
と、壁の一端が切れ、向こう側へと橋を架けるように開き始めた。跳ね橋門だ。
橋が完全に架かかったところで、向こうから智庵が渡ってきた。
「おお、良い砦ですね。簡素で見たまま、わかりやすい」
「智庵はこういう造りがええもんな。うちも、あんまりややこしのは好かんけど」
魔法の砦にもいろいろある。
理論堅固砦、婉曲屈折砦、メタネタツリ砦、虚虚実実砦・・・人の好みの数だけある。攻撃力・防御力も万別だ。
「ここの防御は外壁一枚か。相手が壁を越えてきたら厄介やで。自分の力だけが頼りや」
「常に上空にいればいい。危険そうなヤツと接触したいなら、したい者だけが降りる。砦に招くのは僕らと同じタイプに絞ったほうがいいかも」
海風が言って、「お?」と首をかしげた。
門のかたわらに人影。諸刃(もろは)の荒太刀を引っ提げ、うら若き乙女が立っていた。
乙女の名は児兎(こと)。クチダケ鳥の知人である。
獣の毛皮を身にまとい、ほっそりとした肩腕と両脚を惜しげもなく風にさらしている。
「いらっさい、蛮族の嬢さん。ようここがわかったね」
「偏屈岩窟を訪ねたらお留守でしたから。誘結印をたどって来たの」
「そか。どしたん?・・・なんぞ、やらはったな」
「こちらを見下し哂う無礼な民と遭遇しまして。ちょっと吼えちゃいました。がおーっ!」
乙女の獅子吼に、櫓の木柱がビリビリ震えた。
「あ! あの雄叫び、嬢さんやったか。智庵と待ってるとき、ここまで聞こえてきたで」
児兎の紅潮する頬を、クチダケ鳥はにんまり笑う。
「んで、うちに援護を頼みに?・・・来たわけではなさそうやな」
児兎は朗らかに笑う。
「私は私で、手探りでフィールドワークしてみます。相手と戦いたいわけじゃないし。参考に、クチダケ氏の1年前のレポートをお借りしたいと伝えに来ました。それでは」
一礼し、児兎は荒太刀を振り振り、帰って行った。
見送るクチダケ鳥が、ぽつんと言った。
「身の軽い御人や。若いってええわ。せやけど、あの太刀は・・・まぁ、使うてみなわからんな」
夕闇が降りてきた。海風は夕凪を吹かせに出かけた。
智庵が、砦のあちこちに据えつけられた篝火台に火をともし歩く。
クチダケ鳥は櫓の先に飛んだ。気になっていたものがある。
「こんな旗、いやや。こっちにしよ」
ボロ旗をひっぱがし、暗闇に投げ捨てた。誘結印を取り出す。
呼び出した過去の空間から掴み出したのは、とっておきの旗。支柱の先端に結び付けた。
闇で色は見えない。しかし明日になれば、太陽が真の色を明かしてくれる。
「よっしゃ。さ! まずは、どこ行こや?」
耶呆島の北端、寒風すさぶ断崖絶壁に、偏屈岩窟と呼ばれる洞穴があった。
渡りを止めた老いぼれ鳥が一羽、なにするともなく住んでいた。
名をクチダケ鳥という。ある日を境にさっぱり鳴かず飛ばずの鳥である。
このまま隠遁かそのうち鎮魂かと危ぶまれていた、そんなある日のこと。
「あら、なにこれ」
珍しく都へ上っていたクチダケ鳥が三日ぶりに帰ると、岩窟の扉に一行文が留めつけられていた。
『来られたし。海風も吹く by智庵居士』
留守中に来訪されたらしい。文の末には誘結印が書き付けられている。
「来いとは珍しな。わけありやろか」
誘結印に羽をかざし、クチダケ鳥は印の向こうへ飛んだ。
見慣れた庵の一室。誘結印から飛び出したクチダケ鳥はそのまま大男の背にぶつかった。
「あいた! 出口ふさがんといてぇな、もー」
人型に化けた海風が振り返った。最近メタボを警戒しているだけあって化けっぷりもデカい。
「あ、クチダケがやっと来た。おっそーい。僕たちだけで始めちゃったよ」
「始めるて、なにを?」
海風の向こうから智庵がにっこり顔を出した。二本指を立て、Vサインを見せる。
「第二弾です」
海風と智庵が挟み座っている机の上に、別の誘結印が置いてあった。
印の向こうに垣間見える空間は、誰かの留守宅らしい。どこかで見たような。
忘れられないひとつのフレーズが、時空を貫きこちらの空間に届いている。
智庵が自筆の書をさらさらと広げた。達筆である。
「まずは素案を書いてみました。いかが」
ふんふんと読み、クチダケ鳥はうなずく。
「異文化接触・・・三つの反応、三つの段階・・・ええね」
海風がふところから自分の誘結印を取り出し、かざす。
「では、僕の番。いっくよー」
印から溢れた渦が、三者を海風の家へ送り込んだ。
飛び込んだ先で、わっと紙片が舞い上がった。
「ごめんごめん、まだ頭ん中が散らかってて。ちょっと待ってて」
海風はわっさわっさとメモ紙を掻き分け、めぼしい紙の束を掴みあてると、壁に一枚づつピンで留め説明し始めた。
「智庵の案はマトリクスで整理できるわけ。で、縦軸と横軸の関わりあいを現段階では僕はこう見てて・・・で・・・名付けとか説教族とか・・・で、これって、数式化できるんじゃないかと。現時点ではここまで考えてる。・・・でさ、」
そこまで言って、海風はぐるっとクチダケ鳥を振り返った。
「クチダケ、またこのネタで話したいと思ってなぁい?」
「なんで? うち、なーんも言うとらんよ」
クチダケ鳥は笑っている。
一年前に書き上げた、「隣にいる異文化人と,どう関わっていくか。」に端を発した一ヶ月に及ぶロングラン論考レポートを、留守中の岩窟入り口にこれ見よがしに吊り下げておいたくせに。
「・・・せやけど、おもしろそうやな。腹案はあるで」
「僕もアイデアがある」
海風に続き、智庵もうなずく。
「続きに期待します」
三者は部屋を出た。海風の家は岬の突端にある。風に髪をなびかせ智庵が問う。
「今後は?」
クチダケ鳥が答えた。
「お互い、好きに書こ。船頭も煽動もなしや。一年前かてそうやった。ただまあ、そうやな・・・気兼ねなくたむろできる場所があったら、便利やけどな。誰かひとりの家に居つくわけにもいかんし」
海風が手をポン!と叩き合せた。
「ちょうどいい。近くに無人の浮遊砦があるから、それ、使っちゃおう。異文化地帯に進む気なら、要塞ごと動いたほうが気が利いてる」
智庵もクチダケ鳥も諸手(諸羽)を挙げて賛成した。
どんな砦かは、行ってのお楽しみ。
渡りを止めた老いぼれ鳥が一羽、なにするともなく住んでいた。
名をクチダケ鳥という。ある日を境にさっぱり鳴かず飛ばずの鳥である。
このまま隠遁かそのうち鎮魂かと危ぶまれていた、そんなある日のこと。
「あら、なにこれ」
珍しく都へ上っていたクチダケ鳥が三日ぶりに帰ると、岩窟の扉に一行文が留めつけられていた。
『来られたし。海風も吹く by智庵居士』
留守中に来訪されたらしい。文の末には誘結印が書き付けられている。
「来いとは珍しな。わけありやろか」
誘結印に羽をかざし、クチダケ鳥は印の向こうへ飛んだ。
見慣れた庵の一室。誘結印から飛び出したクチダケ鳥はそのまま大男の背にぶつかった。
「あいた! 出口ふさがんといてぇな、もー」
人型に化けた海風が振り返った。最近メタボを警戒しているだけあって化けっぷりもデカい。
「あ、クチダケがやっと来た。おっそーい。僕たちだけで始めちゃったよ」
「始めるて、なにを?」
海風の向こうから智庵がにっこり顔を出した。二本指を立て、Vサインを見せる。
「第二弾です」
海風と智庵が挟み座っている机の上に、別の誘結印が置いてあった。
印の向こうに垣間見える空間は、誰かの留守宅らしい。どこかで見たような。
忘れられないひとつのフレーズが、時空を貫きこちらの空間に届いている。
隣にいる異文化人と,どう関わっていくか。
智庵が自筆の書をさらさらと広げた。達筆である。
「まずは素案を書いてみました。いかが」
ふんふんと読み、クチダケ鳥はうなずく。
「異文化接触・・・三つの反応、三つの段階・・・ええね」
海風がふところから自分の誘結印を取り出し、かざす。
「では、僕の番。いっくよー」
印から溢れた渦が、三者を海風の家へ送り込んだ。
飛び込んだ先で、わっと紙片が舞い上がった。
「ごめんごめん、まだ頭ん中が散らかってて。ちょっと待ってて」
海風はわっさわっさとメモ紙を掻き分け、めぼしい紙の束を掴みあてると、壁に一枚づつピンで留め説明し始めた。
「智庵の案はマトリクスで整理できるわけ。で、縦軸と横軸の関わりあいを現段階では僕はこう見てて・・・で・・・名付けとか説教族とか・・・で、これって、数式化できるんじゃないかと。現時点ではここまで考えてる。・・・でさ、」
そこまで言って、海風はぐるっとクチダケ鳥を振り返った。
「クチダケ、またこのネタで話したいと思ってなぁい?」
「なんで? うち、なーんも言うとらんよ」
クチダケ鳥は笑っている。
一年前に書き上げた、「隣にいる異文化人と,どう関わっていくか。」に端を発した一ヶ月に及ぶロングラン論考レポートを、留守中の岩窟入り口にこれ見よがしに吊り下げておいたくせに。
「・・・せやけど、おもしろそうやな。腹案はあるで」
「僕もアイデアがある」
海風に続き、智庵もうなずく。
「続きに期待します」
三者は部屋を出た。海風の家は岬の突端にある。風に髪をなびかせ智庵が問う。
「今後は?」
クチダケ鳥が答えた。
「お互い、好きに書こ。船頭も煽動もなしや。一年前かてそうやった。ただまあ、そうやな・・・気兼ねなくたむろできる場所があったら、便利やけどな。誰かひとりの家に居つくわけにもいかんし」
海風が手をポン!と叩き合せた。
「ちょうどいい。近くに無人の浮遊砦があるから、それ、使っちゃおう。異文化地帯に進む気なら、要塞ごと動いたほうが気が利いてる」
智庵もクチダケ鳥も諸手(諸羽)を挙げて賛成した。
どんな砦かは、行ってのお楽しみ。
ロングラン論考中「異文化交流議論」の進行を短編小説風味でご紹介。タイトルは「浮遊砦」
本文はキャラノベ、「続きを読む」でキャラノベ元事件の説明文を読むことができます。関連記事群へのリンクあり。
キャラノベに出てくる固定キャラは実在のブロガーです。ハンドルを一部もじって命名していますが、センスが悪くてイヤだと御本人から抗議があればいつでも改名します。
固定キャラと関わりの深いブロガーが客演する可能性あり。事前了解は得ません。ネタにされたかたは、御自分のキャラがむやみに個性的なのだとご理解ください。私の目に入ったのが運のツキと諦めてください。改名の御要望はいつでも承ります。
記事中でたびたび紹介する「異文化交流議論リンク集」は、はてなブックマークサービスを利用したリンク集です。記事は時系列で降順で(新しい記事ほど上に)表示されています。
ブックマークの分類タグ・コメントはchargeup氏(キャラノベ名:智庵)によるものです。
以下、固定キャラのホームブログと簡単な紹介。
紹介はキャラノベに登場した順。順次、追記してゆきます。
固定キャラ(異文化交流議論参加ブロガー)
客演者(単記事やコメントで参加したブロガー)
クチダケ鳥 (議論参加記事群)
2005年2月~2006年10月、20ヶ月に渡り妄想創作小説をブログで連載していた偏屈ブロガー。第1次ブログ文化論争の火付け役。
智庵居士 (議論参加記事群)
AS(アスペルガー症候群)診断をきっかけにブログを始めた女性ブロガー。言語への洞察力と簡潔的確な表現力は随一。説教族を天敵とする。
海風 (議論参加記事群)
理系エンジニア。数式・マトリックス・方程曲線を駆使し文系なはずな議論を理系議論に魅せかける。まったく風土の異なるブログサービス、Yahoo!とはてなを行き来するブロガー。
児兎
多趣味多才、議論も絵描きもギターも嗜む若き女性ブロガー。異文化交流議論チームとは別行動だが、「ブログの世間」というテーマを立て独自の論考を続けている(現在、活動休止中)。
御津流 (議論参加記事群)
「ええ、テキトーです」とブログタイトル下に冠しながら「きっちりかっきり」思考を炸裂させるアンバランス・バランス・ブロガー。異文化交流議論チーム固定メンバーで唯一、FC2ブログをホームグラウンドとしている。
キィ (議論参加記事群)
ISO申請書類書きからCADワークから現場監督までなんでもござれの働くパパ。独特の優しい語り文体でくりだす理文融合論考はただものでない。コメント欄では常に ^^ と微笑んでいらっしゃる、紳士なブロガー。
ケケ (議論参加記事群)
鉄道とF1を熱く愛する自称オタッキーブロガー(別自称:ホロスキー)。「差別」という非常にネガティブにしてシリアスな問題を、社会科学的側面と倫理的側面、両側から掘り下げてゆく。クールなカタカナ語も彼の記事内では妙に熱く見える(ような気がする)。
牛飼い男
マレーシア在住の日本人ブロガー。多彩な文化が同居する国マレーシアで子ども達に「作文」を教えている彼のブログは、「書くこと」にこだわるブロガーなら必見。トンコ氏(児兎)・chargeup氏(智庵)の記事コメント欄でお会いできる。
Zeta
異文化交流議論記事群のコメント欄にひょっこり現れるコメンテーター。ホームブログがあるのかは不明。参考になるURLも、ひょこひょこコメント欄に置いて行ってくださる。
川辺
第1次ブログ文化論争メンバーの記事に現れる軽妙コメンテーター。記事のシリアスさを小脇に流しアサッテ方向へ繰り出される彼のコメントは、後半どんどん暗くなっていった異文化交流議論にとってありがたい清涼剤。
ファラ
可憐なるOL一年生にしてchargeup氏(智庵)の友人ブロガー。おっとりした彼女のコメントにみなさま癒されてください。あなたはむくつけき異文化交流議論に咲く一輪の野菊だ。
(※他の女性メンバーに華がないというわけではナイ)
歌檀
10年以上前から自前サイトを運営し、多数のサービスで活動を展開しているネット古参ブロガー。2006年10月、とあるYahoo!ブロガーの記事が大量転載された事件(ノベライズ文では「善意之天災」と表記)をきっかけに、Yahoo!にて「転載機能」を考察するブログを開設した。
山吹
男のファッションとスポーツシューズへの並々ならぬ思い入れを綴る公務員ブロガー。chargeup氏とそら氏の友人。わたりとり、後ほど登場するちょっちぷん氏を併せた五人が登場する(完全内輪ネタの)リレーキャラノベ「トルネード戦隊」でイエロー役を務めている。
本文はキャラノベ、「続きを読む」でキャラノベ元事件の説明文を読むことができます。関連記事群へのリンクあり。
キャラノベに出てくる固定キャラは実在のブロガーです。ハンドルを一部もじって命名していますが、センスが悪くてイヤだと御本人から抗議があればいつでも改名します。
固定キャラと関わりの深いブロガーが客演する可能性あり。事前了解は得ません。ネタにされたかたは、御自分のキャラがむやみに個性的なのだとご理解ください。私の目に入ったのが運のツキと諦めてください。改名の御要望はいつでも承ります。
記事中でたびたび紹介する「異文化交流議論リンク集」は、はてなブックマークサービスを利用したリンク集です。記事は時系列で降順で(新しい記事ほど上に)表示されています。
ブックマークの分類タグ・コメントはchargeup氏(キャラノベ名:智庵)によるものです。
以下、固定キャラのホームブログと簡単な紹介。
紹介はキャラノベに登場した順。順次、追記してゆきます。
固定キャラ(異文化交流議論参加ブロガー)
客演者(単記事やコメントで参加したブロガー)
クチダケ鳥 (議論参加記事群)2005年2月~2006年10月、20ヶ月に渡り妄想創作小説をブログで連載していた偏屈ブロガー。第1次ブログ文化論争の火付け役。
智庵居士 (議論参加記事群)AS(アスペルガー症候群)診断をきっかけにブログを始めた女性ブロガー。言語への洞察力と簡潔的確な表現力は随一。説教族を天敵とする。
海風 (議論参加記事群)理系エンジニア。数式・マトリックス・方程曲線を駆使し文系なはずな議論を理系議論に魅せかける。まったく風土の異なるブログサービス、Yahoo!とはてなを行き来するブロガー。
児兎多趣味多才、議論も絵描きもギターも嗜む若き女性ブロガー。異文化交流議論チームとは別行動だが、「ブログの世間」というテーマを立て独自の論考を続けている(現在、活動休止中)。
御津流 (議論参加記事群)「ええ、テキトーです」とブログタイトル下に冠しながら「きっちりかっきり」思考を炸裂させるアンバランス・バランス・ブロガー。異文化交流議論チーム固定メンバーで唯一、FC2ブログをホームグラウンドとしている。
キィ (議論参加記事群)ISO申請書類書きからCADワークから現場監督までなんでもござれの働くパパ。独特の優しい語り文体でくりだす理文融合論考はただものでない。コメント欄では常に ^^ と微笑んでいらっしゃる、紳士なブロガー。
ケケ (議論参加記事群)鉄道とF1を熱く愛する自称オタッキーブロガー(別自称:ホロスキー)。「差別」という非常にネガティブにしてシリアスな問題を、社会科学的側面と倫理的側面、両側から掘り下げてゆく。クールなカタカナ語も彼の記事内では妙に熱く見える(ような気がする)。
牛飼い男マレーシア在住の日本人ブロガー。多彩な文化が同居する国マレーシアで子ども達に「作文」を教えている彼のブログは、「書くこと」にこだわるブロガーなら必見。トンコ氏(児兎)・chargeup氏(智庵)の記事コメント欄でお会いできる。
Zeta異文化交流議論記事群のコメント欄にひょっこり現れるコメンテーター。ホームブログがあるのかは不明。参考になるURLも、ひょこひょこコメント欄に置いて行ってくださる。
川辺第1次ブログ文化論争メンバーの記事に現れる軽妙コメンテーター。記事のシリアスさを小脇に流しアサッテ方向へ繰り出される彼のコメントは、後半どんどん暗くなっていった異文化交流議論にとってありがたい清涼剤。
ファラ可憐なるOL一年生にしてchargeup氏(智庵)の友人ブロガー。おっとりした彼女のコメントにみなさま癒されてください。あなたはむくつけき異文化交流議論に咲く一輪の野菊だ。
(※他の女性メンバーに華がないというわけではナイ)
歌檀10年以上前から自前サイトを運営し、多数のサービスで活動を展開しているネット古参ブロガー。2006年10月、とあるYahoo!ブロガーの記事が大量転載された事件(ノベライズ文では「善意之天災」と表記)をきっかけに、Yahoo!にて「転載機能」を考察するブログを開設した。
山吹男のファッションとスポーツシューズへの並々ならぬ思い入れを綴る公務員ブロガー。chargeup氏とそら氏の友人。わたりとり、後ほど登場するちょっちぷん氏を併せた五人が登場する(完全内輪ネタの)リレーキャラノベ「トルネード戦隊」でイエロー役を務めている。

