碇が降り、そよとも動かない浮遊砦。
手遊びに、ありあわせの資材でキィが小屋を立てはじめた。
物見櫓の隣。四角い、屋根の低い、扉と窓がひとつきりの小屋だ。
扉には表札。表札を変えれば、厨房にも客間にも寝室にもなる。
その小屋にクチダケ鳥が閉じこもった。表札には「かまわんといて」の文字。
内省族のジレンマに追い詰められたらしい。扉は外からは開かなくなった。
「もー。お前はオレか、ってか」
海風が頭を掻く。騒動の当人のほうが平静だが、それでも本調子からは程遠い。
ケケの熱量も下がった。服を着ていないと、どこにいるのだか気配もしない。
数日後。
見かねた智庵が、
開かずの扉の前で喝を入れた。
「まったく、そろいもそろって内省し始めて。私も書けない時期を経験したからわからぬではありませんが。絶対文句言われない文章の書き方などありません。あったとしても面白みがありません。言葉に支配されてはいけません」
キィが隣で、穏やかに言葉を添える。
「大人の迷子・・・車のタイヤが填った時みたいなものかな。ゆっくりローで前に行ったり後ろに行ったり・・・私は後ろから押すかわりの言葉を発することくらいしかできませんが」
御津流がイェイ!と指を鳴らす。
「後ろに行ったら全力で押すんだよ。うんと踏んばって、タイミングをみてさ」
三人の声は届いているのか。小屋からはなんの返事もない。
さらに数日が過ぎた、ある朝。
突然、小屋の戸が開いた。
なにかが雄叫ぶ。いや、産声(うぶごえ)のような・・・
物見櫓に登っていた御津流。なにごとか見下ろしたそこに。
一人の男が飛び出してきた。生まれたままの姿で。
細い筋肉。乱れた素髪。粗暴な声。怯えた瞳。男はどこかへ駆け去った。叫びながら。
「なんでだよ、なにが悪いんだ? 文章を大切にするってなんだよ!?」
ほどなく。
「クチダケ!」
海風が風型のまま、開きっ放しの扉から小屋へ飛び込んだ。
「なんなのアイツ? 言うことやること、僕の曲をパクったヤツにそっくりじゃん。しかも全然悪びれないし。あんなコピー人間産んで、なに始める気だよ!?」
クチダケ鳥は泥だらけの床に寝ていた。産後疲れか、羽がスカスカに抜けている。
・・・にしては、超頑固な便秘が解消した後のような、爽快な顔付き。
「コピー人間ちゃうで。ある土地の『土』を使ぅただけや」
壁には誘結印が現れている。どこかの空間から、大量の土を運び込んだようだ。
「誰かはんそっくりに見えるんは、そのせいやろ。でも別人やで。仲良ぅしたってな」
そのとき小屋の外から、ケケの悲鳴が聞こえてきた。「ちょ、待っ、なにを・・・」
やがて戸口に智庵が姿を現した。
「服を着せておきました。次からは服付きで産んでくださいな」
男は『シャイダン』と命名された。
その夜。泥を掃き出し掃除した小屋で、つつましい夕食会が開かれた。
智庵が語る。
「シャイダン氏と話したのですけれど。彼の過去、彼の想い・・・不覚にも感情移入してしまいました」
自分の文章を他人に勝手に弄られるなど絶対に許せない、という智庵でも、シャイダンの不器用さを不憫に感じたらしい。
御津流が言う。
「僕、シャイダンてどこにでもいるタイプだと思うよ。法律とかよく知らないのは僕も同じだし」
キィが腕組みする。
「うーん、私はまだなんとも言えないな。もっとよく話してみたいところですが・・・」
遊びに来ていた児兎も、なんとも測りかねるというおももちで首をかしげている。
夕食の御相伴に来た歌檀が、クィッと鼻を突き出した。
「彼の匂い・・・私の故郷の土とはまるで違う。彼にとって私は遠く、私にとって彼は遠い存在・・・」
夕食後。早めの解散となった。外は満天の星空。
ひとりに戻った智庵がそっと呟いた。
「
今度は私がグルグルモード・・・秩序の維持か、フラットで理想的な世界か。1人の人間の権利か、大勢の人間の権利か」
智庵にとって、クチダケ鳥がシャイダンの精神核に埋め込んだ粗暴さは、やはり恐怖だった。
「自己を破壊するか、他者を破壊するか。社会は選ばれた人間のためだけのものではないという原則と、排除する側となった事実と・・・」
一方。御津流はシャイダンの叫びを思い返していた。
「文章を大切にするってなんだよ、か・・・
自分を大切にしろってメッセージじゃないかな・・・」
ふと、顔をあげた。頬になにかを感じる。
「あれ? 風が動いてる・・・ああ、砦が動いてる!」
そこへ智庵が合流した。御津流に風の微流を示され、ほっと胸をなでおろす。「ああ良かった」
今度はどこに行くんだろう、という御津留の呟きに、智庵が答えた。
「どこでしょうね。
流れるままに行きましょう」
二人がおやすみの挨拶をかわすなか。
クチダケ鳥は櫓の上にいた。クチを大きく開け。
星の光を浴び、新しい風を吸い、抜けていた羽が生え揃ってゆく。
「ここでしたか。今夜はみごとな星空ですね」
不意に掛けられた声。キィだ。クチダケ鳥がうなずく。
「ちっと前な、
星の詩ぃ読んで、うち、また星が好きになった」
そうして夜空を仰ぐ。
「手ぇは届かへん。こっちゃ来いったって来るもんでもない。せやけどええな。
うちは小さくひっそり光ってる星がとくに好きや」
キィも夜天を仰ぐ。
「砦の篝火を全部落としてきました。
星をよく見たいときは、こちらの明かりは消さないとね・・・」
* * *
春に向けて仕事が忙しくなるから、しばらく砦には来れないでしょう。そう静かに言い残し。
キィはその夜を最後に、浮遊砦を降りた。
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海風氏の記事を「改変した記事」とは、正確に言えば、(著作者の許諾がないまま)記事の構成を流用し原作とほぼ逆の主張を展開した、という類のものでした。「改変」「パクリ」というより、「パロディ」と呼ぶのが最もふさわしいでしょう。(※流用の度合いが高くも低くもない微妙なラインであったので、パロディであるとも断言できないのですが)
著作権法上、パロディは著作者人格権を侵害している・・・という解釈が主流です。しかし私個人は、パロディや二次利用であっても、そこに作成者自身の思想か批判精神かが明確に見えるならば、そのコンテンツは新たな著作物として是認され評価されるべきだと考えます。
そうは言っても、原作者にとってはなかなか許しがたい行為であり、その苦しい心情が無遠慮に踏みつけにされていいとは思いません。
この騒動がきっかけとなったのか。異文化交流議論の流れは序盤を過ぎた頃から、中立的なコミュニケーション論を離れ、人と人とのネガティブな関り合いについて考察する記事が中心となってゆきます。
この変わり目の時期(2007年1月)の記事群。おのおのが方向性を模索している迷走ぐあいがよく見えます。
◆異文化交流議論リンク集-04.議論の危機
* * *
著作権・著作者人格権がどういうものかを知っているブロガーは多くはないでしょう。まして、引用・転載・二次利用にまつわる綾のある問題について深く知っているブロガーは全体のほんの一部です。
わたりとりが創作した「シャイダン」というキャラクターは、自分を表現するという点でも、他者と議論するという点でも、特段の素養も経験も持っていません。著作権法やネット事情に詳しいわけでもありません。彼はごく一般的なブロガーです。
彼のような未熟な人であっても安心して自分の表現を発信できる、失敗があったとしてもやり直しがきく、そういうネット社会であって欲しい。そのための技術論、そのためのコミュニケーション論であって欲しい。未成熟な環境・社会に疑問を持たない者が「未熟な個人」をことさら哂う言説や議論は、ただ虚しい。
私は、インターネットの今後を論じる言葉たちを、そういう視点で読んでいます。
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